神を慕う者 | び さん作 |
※この話は『ソードアート・オンライン』の設定を使用しておりますがパラレルであり、本編とは関係ありません。 「あっ、社長! おはようございます!」 「おはようー。社長は止めてよ。僕はただの《社員》なんだからー」 照れる様にはにかむこの人は俺を雇ってくれた人、シャインさん。 今俺はこの人の下で働き、前までとは比べ物にならない良い生活をさせてもらっている。 俺は基部フロアの《始まりの街》に閉じこもり、死ぬ危険性を極力まで減らして生活していた。 そう言う生活をしている人、『待機組』と呼ばれた人は俺以外にもいて、そういう待機組の人達は一様に金が無い。しかし悔しい事に寝床と食事〈!?〉は必要で、皆金を欲している。 しかし、フィールドに出て金を稼ごうなんて恐ろしい事は出来ない。フィールドに出た途端犯罪防止コードも解かれ、HPが減る可能性がぐんと高まるのだ。もちろんモンスターとなんか戦いたくも無い。 なので街の中で金を調達するしかない。 街の中だけで解決するクエストには行列ができる。そういうクエスト情報は親切な事に《軍》が公表してくれたので専横といった事はめったに起きなくなったが、それでも全ての人を救う術には残念だがならない。 結果、今あるコル(通貨の名前だ)を切り詰めて、ぎりぎりの生活をする事が当たり前になっている。 まあ、中には街の中で釣りポイントを見付けて釣りスキルを修行している人や、「SAO内では食事をする必要など無い」と言って水だけで生活している人など、変わった事をして生活を維持している人もいる事はいるが。 では俺はどういう生活をしていたかと言うと、軍関係者や時折降りてくる中低層の冒険者と友達になり、時々集めては簡単なゲームや一発芸大会などのパーティを開き、そこで知り合った人達から奢ってもらう事で糊口をしのいでいた。 もちろん待機組だと言う事で疎まれないように注意をしていたし、他の待機組から妬まれないようそういう人達も積極的に誘う事にしていた。 シャインさんと出会った日もそんないつものパーティーをやっていた。 刺激はあるが娯楽が少ないこのアインクラッドだからこういうパーティーはいつも大盛り上がりで、だからこそ幹事役の俺はあっちを盛り上げたりこっちを立てたりと大忙しだった。 宴会の幹事は誰もやりたがらない、というのはまさに格言で、パーティーが終わって全員を送り出した後には俺は疲れきっていて、ぐったりとテーブルに突っ伏していた。 俺は元々ただのゲームマニアだ。人当たりがいいとは言われた事はあるが本当は黙々とゲームをやっている方が性に合っている。それなのに何十人もの人の中からお互い気が合いそうな人達を見繕ってグループ分けをして、そのグループによって何が最も楽しめるかを必死に考えて、全員の時間が合いそうな時を調べ上げて、グループごとにローテーションを組んでパーティーを開いて、パーティーが始まってからは場を最も良い雰囲気にする様に調整して―― これを生活の糧とした事を後悔した事は何度もあるが、一度やってしまってからは皆の事を考えると止める訳にも行かない。もし止めてしまえば皆の態度がどう変わってしまうかなど……考えたくも無い。 そんな事を考えている時、声をかけてきたのがシャインさんだった。 シャインさんは俺のいるテーブルに座り、俺がやっている事を色々と聞いてきた。 俺にとっても企業秘密な所は沢山有るので詳しく話そうとは思っていなかったが、聞き上手と言うか話させ上手と言うか、独特の語り口とテンポの中、俺は思った以上に愚痴のように話してしまったと思う。 シャインさんは明るく相槌をうちながらも根気強く俺の話を聞き続けた。そして「合格ー」と、唐突に言った。 そして話を切り出してきた。自分も同じようなパーティー斡旋業――と言っても俺のやっているパーティーではなく、一緒にクエストや狩りを行う方のパーティーだが――をやっている事、ここの所忙しくて手が足りない事、事業を手伝ってくれる人を探しにこの基部フロアまで降りてきた事、そして俺に手伝ってくれないか、と言ってきた。 社員さんが提示した待遇は待機組の俺にとっては破格のもので、俺はついそこで頷いてしまいそうになった。 だが、上手い話には裏がある。それはアインクラッドではさらに顕著なものになっていた。しかし上手い話を逃す手は無い。そこで俺は職場見学を条件に入れてもらった。シャインさんの方も研修期間を頭に入れていたようで俺の提案を一も二も無く受け入れてくれた。 その次の日にはシャインさんの職場に出向いた。 シャインさんはマルチな商人プレイヤーらしく、パーティーの斡旋業のほかにも契約したプレイヤーを派遣する事や情報を売る事、プレイヤーから品物を買ってそれを大量に職人プレイヤーやプレイヤーショップに卸す、いわゆる買取屋もやっていた。 シャインさんいわく、俺にやって欲しいのはパーティの斡旋業とプレイヤー派遣業の手伝いだと言う事で、それらを中心に見ていたのだが、なるほど俺のやっていた仕事〈?〉と似たような手順で行われていた。ただ、新聞作成に使われるテキストエディタを使い、緻密にスケジュールを管理するなど俺がやっていた事よりも高度に効率化されたものだったが。 夜七時を過ぎてようやくシャインさんの仕事が終わった後も食事をとりながらの勉強会を行った。レベルやスキルの情報の取り扱い、どの程度のレベル幅なら公平なパーティーになるか、現在の中層プレイヤーの攻略層のマップを交えての注目すべきポイントなど、事細かく、しかし楽しく分かりやすく教えてくれた。 俺としてもシャインさんが真剣にこの仕事に取り組んでいる事を肌で感じ取る事ができ、次の日から仕事を請け負う事を決めた。 仕事は最高朝七時から夜七時まで、休憩は午前十時から十一時までと午後三時から四時までの二回、つまり実質十時間労働の仕事だ。 初めはパーティーの斡旋業だけを任されていたが、慣れてくるにつれ調整が難しいプレイヤー派遣業も手伝えるようになった。それにつれて給料もアップし、日給+歩合給という状態になった。 休みについては初めこそ休み無く働いてはいたが、シャインさんの勧めにより、俺の人脈を手繰って使えそうな人材を二〜三人ピックアップし仕事を任せる事により安定的な休みが取れるようになった。今では事前に申し出る事で自由に休みを取れるようになっている。 その休みを利用して俺は今でもパーティーを開いている。以前は生活の為に開いていたパーティーは今では気楽な趣味としてのパーティに変わり、幹事も前までの様に気を張る事も無く自分も楽しんで行える。 それもシャインさんの勧めだった。 『君は企画運営に向いている人なんだから、こんなつまらない仕事ばかりじゃなくてもっと皆が楽しめる事しなよー。みんな誰も彼もここにいる鬱憤を晴らしたいんだからー。それも攻略の一つだと僕は思うよー?みんなが潰れないように楽しませてあげる、それも立派なこの世界の攻略だと思うんだー』 シャインさんはそう言った。俺はそれまで自分が生き残る事にだけ必死で、パーティーでも上辺だけ笑って内面では利用する事ばかり考えてきた。しかしそんな俺にでも出来る事はある、そうシャインさんは言ってくれたのだ。 今ではパーティーだけではなく、趣味の人を集めてサークル活動のような事まで企画、運営するようになった。皆、演劇や文芸など、スキルをあまり使わない物で楽しく活動を行っている。既に俺の手を離れて活動を広げようとしているものも一つや二つではない。 これも全てシャインさんのお陰だ。 「じゃあ、今から商人ギルド合同の会合に出かけなければなんないからー、後はよろしくねー」 仕事が一段落した後、シャインさんはそう言って立ち上がった。首を回してコキコキ言わせている。 この人が休んでいる所は今だ見た事が無い。いつでも忙しく立ち回っている人だ。頭が下がる。 「ようやく、この仕事の拡張と言うか分割と言うかが話し合われるんですね。社長、これからは一人で立ち回らなくても済むと良いですね。」 「いやー、そうなると良いんだけどねー。商人プレイヤーがいないと出来ない事が多いから同じ事してもらう人を増やすんだけどね、それでもシステムの範囲外の仕事が多いからこの仕事が立ち上がっても僕は指導に忙しく飛びまわんなきゃいけないと思うんだー。しょんぼり。――でも君の友達になるべく職を与える為だから頑張らなきゃねー」 そう、この人はいつでも他の人のことを考えて行動している。俺もなるべく手伝いたいが、商人プレイヤーにしか出来ない仕事が多すぎて出来ない自分がもどかしい。 「あまり頑張りすぎないで下さいよ。社長が倒れたら困る人がいっぱいいるんですから」 「まあまあ、心配しないでー。僕は気の抜き方はプロ級なんだよー。それより君の方が近頃頑張り過ぎなんじゃないのー? 今日の話し合いの中で君の活動を支援する様にも掛け合ってあげるから、一人で頑張りすぎるのは勘弁ねー」 それを聞いて固まってしまった。この人の目は幾つ付いているのだろう。商人ギルド長全員を集める会合を企画してそれに忙しく走り回っていたのにどうやってそんな事を知ったのだろう。 俺が固まっている間にシャインさんはひらひらと手を振って出かけていってしまった。俺は慌てて立ち上がり、シャインさんが去っていった方向に向かって一礼をする。 ここにいる限り、この人にずっと付いていこう。そう再び心の中で誓った。 *** 俺の目の前には一人の男がいる。長身だがひ弱そうな身体の上に何を考えているんだか分からないにやけ顔が乗っかっている。 この商人はここがまるで自分の部屋かのようにゆったりとソファーに座っていた。 「――そうですかー、あの人達は連合に入らないと、そう言っちゃったのですねー?」 「そうだ。《軍》がオレンジギルド討伐に本格的に乗り出したって言うのに耳も貸さない。どうする、軍師よ」 この男、本名は知らないが《軍師》と呼ばれている男はその笑みをさらに深める。 この男こそオレンジギルド同士のネットワーク、《軍》に対抗して通称《連合》と呼ばれているそれをここまで育て上げた張本人だ。 オレンジプレイヤーという物は一般プレイヤーが思っているより気楽なものではない。 まず、一般プレイヤーとの繋がりが一切途切れるのが一番のデメリットだ。まともにプレイヤーショップで買うことも売る事も出来ず困窮する者が多い。中にはオレンジプレイヤーだろうと構わず商売するものもいるがそれは少数だ。 第二に真面目に狩りをしようとしてもオレンジプレイヤーと言うだけで迫害される。あちらはオレンジプレイヤーを斬ってもオレンジプレイヤーにならないことを笠に着て執拗に追い払おうとする。 第三が軍の存在だ。奴らはオレンジプレイヤーの根絶を謳ってはいるが社会復帰の為の方策に対してはかなり消極的だ。おそらく奴らにとってはオレンジプレイヤーなどただのゴミなんだろう。ゴミはいつまでたってもゴミだという考えの下に方策を立てているとしか考えられない。まさに閉鎖社会の中の差別そのものがここで行われている。 結果、オレンジプレイヤーは徒党を組み、憎しみと嫉妬を胸に一般プレイヤーからコルやアイテムを強奪するという悪循環に陥っている。 それをガラリと変えたのが突然出来たオレンジプレイヤーネットワーク《連合》とそれを単身広めていった一人の商人《軍師》だった。 まず最初に生活水準が変わった。オレンジプレイヤー同士のネットワークが出来る事でオレンジプレイヤーにも商売する商人職人のリストができ、手に入れたアイテムを安く買い叩かれるNPCショップに売らなくても良い状況が出来上がったのだ。それに過疎ダンジョンの情報も素早く手に入るようになり、狩りの効率も安全性も一気に上がった。 次に組織力が変わった。今までバラバラだったオレンジギルドが繋がる事で人材の行き来や交流が生まれ、ギルド構成にも無駄や穴のあったオレンジギルドはそれぞれ特色を持ったギルドに生まれ変わった。ギルド同士の合併、吸収も盛んに行われ、組織としてスマートになったのも組織力が大きくなった原因だろう。組織力が大きくなった事で情報交換も活発になり、数ギルド合同で行う大ギルド狩りや、軍の行動を撹乱しつつパーティーを襲う1フロア一斉狩りなど大規模で安全なプレイヤー狩りを行えるようになった。 最後に皆の意識が変わった。『オレンジプレイヤーたる者、誇りを持て』が連合のスローガンなのだが、これが思った以上に速く皆に浸透していった。おそらくオレンジプレイヤーの中にも罪の意識に苛まれている者も多かったのだろう。そこにオレンジプレイヤーのプレイスタイルを肯定する標語が上手く皆の心の隙間に染み込んでいったのだ。皆オレンジプレイヤーとしての矜持を持ち、積極的に行動するようになってオレンジギルドは発展していった。 そして俺は《連合》の結成初期から今までを軍師と共に見続けて来た。 軍師は何かにつけて俺を立て、その陰で采配を振るってきた。お陰で俺は《連合》のナンバー1なんて事になってしまっている。とはいえ《連合》は緩やかなギルド間のネットワークなので資金は貯まるが権限はそんなに無いし、仕事自体もギルド間の連絡網を整理、処理する事務仕事ばかりだ。 本当なら軍師に権限を集中させてやりたい所だが、軍師は表の仕事も忙しいらしく、ここに来るのもアドバイザー的役割の為だけだ。 「放っておいちゃいましょうか、そんなギルド。」 長い沈黙の後、目の前の男はそれだけを言った。 俺の意識も別の方向に行っていたらしく、何の返事か思い出すのに少し時間がかかった。 ――そうだ。いまだに連合に加盟していないギルドの処遇について話し合っていたのだ。 「《軍》も活発化してきている中、連合の尻尾を掴ませない為にも撒き餌は必要じゃないですかー?連合の情報を知らない撒き餌は必要だと思うんですよー」 「他を犠牲にして生き残れと言うのか?」 俺は思わず顔を顰めた。 「オレンジギルドの元締めの発言とは思えませんが、まあいいでしょうー。別に殺される訳ではないのですが、あなたの言葉にも一利有りますからね。それではこうしましょうー。僕がその人たちの元へ行って説得してみる。それで説得されたらC−として連合に加盟、そうで無かったら撒き餌候補の一つとなってもらう。――これならいいでしょうー?わざわざ無意味に軍に勝ってもらって調子付いてもらっても困りますしー」 やれやれと言った感じで肩を窄める軍師。笑顔のままでさまざまな表情を表現できるのもこの男の才能の一つだろう。 「護衛をつけよう。何人いる?」 「そうですねえー、あのギルドは武闘派と聞きますから二人ほど腕の立つのをお願いします。――それではお仕事のほど、よろしくー」 軍師はひらひらと手を振って出かけていった。俺もそれに手を上げて返したが多分見てもいないだろう。 俺は軍師の護衛を派遣する為に《連合》の本体、網の目のように重なり合っている連絡網を取り出した。さまざまな格付けや重要度などで緻密に配置された連絡網。これのお陰で定期的に生き残っているギルドがどのくらいか分かるし、連合の中枢まで簡単には手が届かない様になっている。 この芸術品を生み出した軍師にはまだまだ無事でいてくれなくては困る。だからせめて最高の護衛でもつけてやろう。 連絡網を手に取り、俺はフレンドメッセージを飛ばした。 *** 僕は神を愛している。 神の為に出来る事は出来るだけするつもりだ。 僕は元々の世界が嫌いだった。 何かに付け制度や決まりで凝り固まった世界に憎悪さえしていた。 やる事なす事否定する年寄りどもを憎んでいた。 僕は常に何も無いまっさらな新世界を欲していた。 だからそれを求めてこの世界に来た。 この世界に来て神の啓示を受けたとき、僕の身体中に電撃が走った。 新たなる世界の創造。 唯一の現実。 僕の求めていたものがここにあるかもしれないと感じた。 そこにはゲームのシステムはあるが、人間関係のしがらみや制度、倫理という物が全く無い、僕の求めていたまっさらな世界があった。 それは僕の求めていたものがここにはあると言う事。 ならば何をしよう。 この世界で出来る事と出来ない事、それらを調べ上げ我武者羅に実践していった。 もちろん人にも頼った。その方が効率的だからだ。 この世界での多くの人の生き方を収集し、現実世界と照らし合わせ、出来る事と出来ない事を調べ上げていった。 そうしているうちに世界が求めているものが見えてきた。 新たな世界だから足りないもの、システムが干渉し得ない人間という役者達。 そこで神の啓示の真意を知った。 そして僕に与えられた役割も知った。 世界は停滞してはいけない。 世界は衰退してもいけない。 世界はシステムのみに動かされてもいけない。 世界は常に動き、流動していなくてはならない。 種は蒔いた。 攻略組という人間が作ったシステムに新たな風を送り込む為の手助けをしてくれる一組の少年少女を。 流行という常に変わった流れを作り出すシステムとして変わった細工師を。 中低層の人達が停滞してしまわないようにお祭り好きの男を。 システムの迫害を受け衰退してしまわない様に心配性の男を。 後は彼等自身が育てていくだろうか。 それとも別の人が作った別の風に取って代わられるだろうか。 はたまた潰されて消えてしまうかもしれない。 僕はどんな事があろうと世界を作り続ける。 神は世界の根幹を作っただけでそれ以外は干渉しない。 何故なら神とはそういう者だからだ。 ならば誰かが神の望みを叶えて差し上げなければならない。 そしてそれが出来る者はこの世界で生きている者だけだ。 ならば僕がやってやろう。 僕が神の望む通りの生きている世界を作ってやろう。 それが望みだろう? 茅場晶彦。 あなたが神ならば僕は神を慕う敬虔な神官だ。 見ているか? 喜んでいるか? 僕が作った世界を! (ソードアート・オンライン二次創作 『神を慕う者』 終) |