忍Baze さん作





我ハ耐エ忍ブモノ也。
闇ニ紛レ、音ヲ殺シ、目的ノミヲ確実ニ遂行スル。
其ノ足ハ風ノヨウニ早ク。
其ノ技ハ焔ノヨウニ強靭。
其ハアラユル手段ヲ用イル戦士也。

人ハ我ヲ、『忍者』ト呼ブ。



If.Sword Art Online 忍



大勢の人がにぎやかに談笑している。たしか人数は合計で50人余りはいただろうか。
実際、にぎやかどころの騒ぎではない。ほとんどが酔って歌って踊っていた。
グラスのぶつかる音やおっさんの豪快な笑い声、中には喧嘩でもしているのか犯罪防止コードの効果音まで聞こえてくる。

ここはアインクラッド第92階層、《セイトレスト》。
レンガと石で建築されたヨーロッパ風味の建物が立ち並ぶ、ある意味もっともRPGらしい街だ。
制作側もそれを意識したのか裁縫・鍛冶スキルに関するNPCショップが数多くあるらしい。
お約束を守るこのSAOの世界。おそらくモンスターもそれに関連するアイテムをドロップするだろうともっぱらの噂になっている。
確かめた者はまだいないし、確かめようとする者もまだいない。
なぜならこの階層はたった今解放されたばかり。
宴会に参加しているのもボス討伐に参加した攻略組だけ。
久しぶりに犠牲者を出すことなくボス戦をクリアできたご褒美と言って、KoBの団長とやらが奢りで開いてくれたのだ。

「やあ、楽しんでくれてるか?」

酎ハイ(のような味のする酒)をちびちびと飲んでいた俺に例の団長さんが話しかけてきた。
名前は……なんだっけ。

「もちろんです。少し空気に酔ったみたいですが」

名前を忘れた俺は苦笑しながらさりげなく団長に視点を合わせる。
すると団長の頭上に緑色で「ヒースクリフ」と表示された。

「休むのなら宿を人数分とってあるから2階へ行くと良い」

「いえ、そこまで悪くはないので。まだここにいますよ」

ヒースクリフの申し出をやんわりと断る。
気分が悪いことは悪いが、それよりもこの雰囲気が気に入っている。
SAOの酒なら悪酔いにはならないしどうせなら最後まで参加していたかった。

「そうか。まあ無理に勧めたりはしないがな」

そう言ってヒースクリフは他の人の所へ歩いていった。
KoBの団長であるうえ、毎回圧倒的な防御力でボス戦の主力になっている人だ。
立場や名声に縛られるのも仕方ないだろう。
そうでなければあまり面識の無い俺に話しかけたりしないだろうし。

「ああそうだ」

少し離れた場所から思い出したように話しかけてくる。

「人の名前は覚えたほうが良いと思うぞ?」

…………気づいてたのかよ。
驚く俺を置いてヒースクリフは別の集団に混じっていった。
皆同じ赤と白の鎧を着ているので、多分KoBの仲間だろう。
一人だけ、なぜか胴系装備ではなくマントに模様が描かれている。
あまり地位で区別をしないKoBには珍しいが、それだけあの男の実力が高いということだろう。

ま、俺には関係ないけどな。
思考を止めて手のグラスを一気に傾ける。
自分の喉を液体が通過していく感覚と共に、カラン、と氷の音が響いた。


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深夜。
皆が部屋へ帰り、一部の者はそのまま床で酔いつぶれている。
宴会はそれぞれのグループで二次会を開いているが俺のようなソロプレイヤーはそのままお開きとなった。
だが俺は気持ちの悪さが未だ残っていて、気分転換に街の中を散策していた。

夜の街は良い。
吸い込まれるような静けさと優しい冷たさがある。
特に今日は自分以外のプレイヤーがいないこともあって、格別な情緒を醸し出してくれる。
やはり、夜は良い。

それでも世の物はいつか壊れる運命にあるわけで。
俺の大好きな雰囲気は他人の乱入という形で壊されてしまったのだった。

「攻略組ソロプレイヤー、チェイルでござるな?」

その声は後ろから聞こえてきた。
注意を払っていなかったとはいえ、声をかけられるまでその存在に気付かなかったことは初めてだ。
おそらくは隠蔽スキル。もしくはさらに上級の隠密スキルを取得しているのだろう。
かけられた声は女性特有の高めの声で…………だめだ。我慢できない。

「ござるって何だよ!?」

「うゃあっ!?」

左手でツッコミながら後ろを振り向く。
くっ、自分のツッコミ気質が恨めしい……!



それは置いといて。



後ろを向いた俺の前には全身黒ずくめの人物がいた。
動きやすそうに体にフィットした上下と覆面、おそらくどれも隠蔽スキル向上能力付きだろう。
てかこの見た目で隠蔽付いてなかったら詐欺だ。

で、その怪しい人物は突然のツッコミに驚いたのか、手を地面につけてしりもちをついている。
そりゃ話しかけた奴がツッコむなんて予想できないよなぁ。

「すまん。大丈夫か?」

「え? ……お、オホンッ! 攻略組ソロプレイヤー、チェイルで」

「ああ。俺がチェイルだ」

とりあえず仕切りなおそうとした言葉をぶった切って返事を返す。
覆面の上からでも困った様子が感じ取れてなかなか面白い。

「うぅ、話の途中で割り込まないでほしいでござるよ〜」

様子だけじゃなく声にまで困ってますオーラを出している。
たぶん覆面剥いだら涙目になってるだろう。

「それで用件は? わざわざ一人のときに話しかけてくる理由と共に5文字で答えよ」

「ちょっと少なくはござらんか!?」

「はい『ちょっと少』ってのが用件だな」

「い、今のはノーカンでござるよ!」

俺のなにげないボケにぽんぽん乗ってきてくれるござる娘。
SAOに弄られスキルなんてのがあれば間違いなくマスターレベルだ。

「あうぅ、お願いですから真面目に聞いて下され」

「お願いにはそれに見合った代価が必要だな。これすなわち等価交換。おーけー?」

「代価でござるか?」

「といってもただのお使いだけどな」

そう言いながらアイテムウインドウを開き、紙とペンを実体化させる。
アイテム欄が空いてさえいれば何でも持ち歩けるのはゲームならではの便利機能だ。
こういう時だけはSAOの世界も良いかなと思ってしまう。

「……よし。じゃあここに書いてあるものをさっきの酒場から取ってきてくれ」

「了解でござる! すぐに戻るので少し待っていてくだされ〜!」

と言い終わるが早いかござる娘は酒場へと駆け出していった。
そのスピードは攻略組の中でもかなり速く、敏捷重視の俺でも置いてかれそうなほどだ。

「さてと、行きますか」

だが戻ってくるころにはもう誰もいないだろう。
元々一人で散歩したかったんだ。逃げるのに躊躇いは無い。
あのボケを失うのは少しもったいないが……わざわざ名指しで、しかもこんな人気の無いところで話しかける奴は危険だ。
百歩譲って危険が無いにしてもまず間違いなく面倒なことになる。

「あ、そういやポーション補充しなきゃな」

ボス戦で手持ちの薬は全て使い切っていたはずだ。
こういうのは思い出したときに買わないとうっかり忘れたりする。
戦利品の分配で金に余裕はたっぷりあるし、装備よりこっちを優先してもいいだろう。

「あれ? チェイル殿? どこにいったのでござるかー?」

後方からござる娘の声が聞こえる。
少し考え込んでいた隙にもう戻ってきたらしい。
かなり離れているとはいえ急がなくては見つかるかもしれない。

「チェイル殿ー?」

辺りを探しているだろうござる娘の声を背中に受けながら、俺はNPC店へ向かって駆け出していた。


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朝になったでござる。
あの後も周囲を懸命に探したのでござるが、結局チェイル殿を見つけることは出来なかったのでござるよ。
でも拙者は代わりに、ないすあいであを思いついたのでござる。
今日の宿はヒースクリフ殿が皆に取ってくれたもの。つまり皆が皆同じ宿に泊まっているのでござる。

と、いうわけで。
拙者は現在、宿の玄関でチェイル殿を待っているのでござる。
これが所謂「出待ち」というやつでござるな?

「なぁ、あれ…………」

「指差すなよ。失礼だろ」

「いやでもあれは……アリなのか?」

む、先ほどからなにやら会話が聞こえてくるのでござるが。
どうやら拙者のことを言っているようでござる。
首を動かさずにそちらへ目を向けると――こういうとき覆面は便利でござる――そこには二人の男が座っていたのでござる。

「覆面もアリだろ。鍛冶スキルしだいで何でも作れるんだし」

片方は紅白の外套に身を包んだ二刀流の少年、キリト殿でござる。
ヒースクリフ殿と対を成す最強の剣士として攻略組の中で知らない者はいないとまで言われる人物でござる。

「それにしても怪しすぎねーか? もしフィールドで会ったら速攻逃げるぞ、俺は」

もう片方は魂と刺繍されたバンダナをつけたカタナ使いのクライン殿でござる
チェイル殿と同じ武器を使うので覚えていたのでござるが、さすがに直接の面識は無いのでござる。

「大丈夫だ。お前が逃げる前に向こうが逃げるからな」

「てめぇ……なんか俺に恨みでもあるのか?」

「具体的には74階層あたりで」

「もう結婚したくせにそんな昔のこと持ってくるんじゃねぇ!」

すでに話題は拙者の覆面から離れてただの罵り合いになっているようでござる。
とは言ってもクライン殿が絡んでキリト殿が受け流すような形でござるが。


ともかく、でござる。
どうやら昨日チェイル殿がいなくなったのはこの覆面が原因。
そうであるならこの装備をはずせば良いのでござるな?

左手を軽く振ってステータスウインドウを呼び出して装備の解除、と。
アイテムのアイコンを移動した瞬間、覆面がデータ化されて消え去ったでござる。
初めはなかなか慣れなかったのでござるが、さすがに2年半もいると慣れるものでござるな。

…………?
なぜか、覆面を外したら視線が多くなったでござる。
あまり目立つのは得策ではないのでござるが……まあ、これからは隠れ続けるわけにもいかないでござるからな。
丁度良いといえば丁度良いでござる。


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閉じた瞼に光が差し込む。
浅い眠りでまどろんでいた頭が強制的に覚醒され、体が自動的に起こされる。
時間通りなのは良いけど、この目覚まし機能の寝覚めの悪さはどうにかならないんだろうか。
頭がぐらんぐらんする。これ吐く人いるだろ、絶対。
でもこれ以外のアラームだと二度寝するしなぁ。

「……行くか。準備も出来てるし」

気を取り直して自分の部屋を出る。
ポーションや結晶の類は昨日の晩に買いだめしておいたし、装備もまだしばらくは持つだろう。
それに今日の目的はただの地理把握だ。
雑魚敵とはそれなりに戦うだろうが、念入りな準備が必要な戦闘があるとは思えない。
試しに戦ってみて厳しければどっかのパーティーに参加するって手もあるしな。

未だ揺れる頭を働かせながら階段を下りる。
と、そこは別世界だった。

「何だ、これ」

別にその表現は比喩でしかなく、突然建物が廃墟になってたりSAOから脱出したわけではない。
だが一階の雰囲気は別世界としか言いようが無かった。

ピリピリと肌を刺すような緊張感。
男たちは目と目で牽制を繰り返し、時には小声で周りを威嚇する。
ちなみにその男たちの顔には妙に劇画チックな影が差していた。
てゆーかSAOにこんな表情あったのか。激しく周りの風景と合わないんだけど。

そんな中、一人だけ劇画調になっていない男がいた。
紅白のマントを身に着けた超有名人。二刀流の……二刀流君だ。
何で劇画調になってないのかは疑問だったが、今の状況じゃ話しかけられるのは二刀流君しかいない。
なるべく男たちを刺激しないように小声で理由を聞いてみる。

「なあ、これはどんな状況なんだ?」

「……あの玄関の横を見てくれ」

二刀流君が指差す方向へと目を向ける。
そこには体にフィットした真っ黒な上下の服を着た女性が佇んでいた。
髪の毛は腰あたりまで伸び、服よりも黒いそれはどこか不思議な輝きも併せ持っていた。
その顔立ちも凛と整っており、まるで人形のような印象を受ける。

「美人だろ? いままで噂になってないのが不思議なくらい」

たしかに美人だ。
絶対的に女性の数が少ないここでは、美人はアイドルのような扱いを受ける。
名声や人気にとどまらずファンクラブの設立やサインを求められたりなど。
逆にストーカー被害などもあるようだが、それの対策として大手のギルドが護衛を引き受けたりする。(勧誘も兼ねるそうだが)

このように、SAOでは美人に興味を持つ人間は数多い。ほぼ全員と言ってもいいだろう。
それだけに情報が広まる速度も段違いに速いのだ。
こんな理由があるだけにまったく噂にならなかったというのは奇跡に近い。

「ここまで言えば状況はわかるよな?」

なるほど。良くわかった。
つまりこいつらは何とかしてお近づきになりたいと。

「でも何で誰も声かけないんだ?」

あんなに暇そうにしてるんだしパーティーに誘うとかすればチャンスも広がると思うんだけども。
まさか女に話しかけれないシャイボーイばっかりってわけでもないだろうし。

「いや話しかけた奴はいたんだよ。でも「かたじけないが、人を待っているのでござる」って断られたんだ」

…………ござる?

「その後も何回か話しかけたみたいだけどきっぱりと断られたんだってさ」

待て。
待て待て待て待て待て。
今俺の頭の中で大変な方程式が作られたぞ。

美人+人待ち+ござる=俺待ち

俺+美人との会話=男たちの嫉妬

        =結成! しっと団!












やばい。
とてつもなく、やばい。

しっと団とは時たま結成される対カップル用最終作戦の実行グループの通称だ。
とある美人鍛冶屋が恋してるらしいとか、幸運少女テイマーが男の部屋に泊まった時とかにも結成されたが、最大だったのはやはり『閃光』の結婚発覚時だろう。
その数は延べ400人。軍には及ばないが最大級のギルドと同じ程度の規模があった。
結成はされたものの二人ともが攻略組の最強レベルであり、KoBの存在もあって目立った活動は無かったが。
せいぜいが悪い噂を流されたくらいだった。
やれ男の方はいろんな場所で女を落としていく野郎だとか、やれ実はもう一児の父親だとか。
中でも一番広まったのはしっと団の結成原因はすべてこの男の行動だというやつだった。
新聞ギルドの企画に噂の真相追及インタビュー! とかもあったな。関係者に直接質問したらしい。
コメントは「この噂にはちょっと語弊があるんじゃねーか?」

「……ってことは全部事実ってことじゃねーか!」

「うわ、何だよいきなり!?」

語弊ってゆーのは言い方に問題があるのであって内容は全部正しいってことだ。
つまり美人鍛冶屋の思い人も幸運少女テイマーを部屋に泊めたのも子供がすでにいるってのも事実か? 事実なんだな!?
そもそも質問に答えてたあのスキンヘッドのおっさんはなんなんだよ!? ヤーさんかと思ったぞ最初!

「チクショー! 何だかとってもチクショー!」

二刀流君の襟をつかんで前後にゆすりながら叫ぶ。
俺だって女に興味が無いわけじゃないんだ。できれば美人と付き合ってみたいんだ。
しっと団はやばいけど誰もいなくなった後に話しかければあのござる娘とも安全に付き合えるかもしれない。
……安全に、なんて単語が出てくるくらい美人の彼氏ってのは特権階級なのに運が良いのかコイツはほとんど被害を受けていない。
ずるい。理不尽な感情だとは思いつつもものすごく不公平な気がする。

「あのー……」

すでになんかぐったりとしている二刀流君をさらに揺さぶる俺に声がかかる。
だけど俺は止めない。俺の行動は全ての男の代弁と言っても良い!

「止めないでくれ。コイツは男の敵なんだ!」

「いや、そうではないのでござるが……」

俺の言葉を聞いてもまだ話しかけてくる。
できればこっちは取り込み中なので後にしてほしいのだが、無視するわけにもいかない。
しぶしぶ俺は手の動きを止めて二刀流君を解放した。
なんか生気の無い顔をしているがHPバーは減っていないので大丈夫だろう。

さすがに床はかわいそうなのできちんと椅子の上に戻し、後ろを振り返る。
俺の聖戦を邪魔した奴は誰だー、と思いながら振り向いて。

「チェイル殿でござるな? 拙者、アヤメと申す者でござる」

あ、俺死んだなー、と思いました。






いやいや。そう判断するのはちょっと早いぞ。
そうだ、このござる娘――アヤメの用事によっては大丈夫かもしれん。
例えば主君の命により暗殺に参ったとか。主君って誰だよ。

ともかくだ。
俺の生死を決めるのはアヤメの用事を聞いてからでも遅くない。

「で、そのアヤメさんが何の用事なんだ?」

出来るだけ平静を装いながら聞き返す。
さっきから男たちの視線がチクチク刺さって痛いんだよ。
てめぇ後から出てきて横取りか? みたいな視線が。

「はい。僭越ながら拙者とパーティーを組んでいただきたく思いまして」

周りの空気が変わる。
複数の手練たちからのプレッシャーが俺一人に集中し、見えない鎖が全身に巻きついているようだ。
そんな中で俺が動けるはずもなく。なんとか呼吸をしながらアヤメへかける声を選んでいた。

てかこんな事で本気になるなよお前らは――――!

「何で俺なんだ? 他にもっと強い人はたくさんいると思うけどな」

なんとか返せた言葉がこれだけ。
本当は「ほらここにいる人たちだって俺より強いぜ?」とか言ってこの重圧を和らげる予定だったんだけども。
言葉の途中でプレッシャーが突然強まったんだ。
具体的には、お前その娘でも不満なのか? ここで決めなくても余裕ってことなのか? みたいな。
俺にどうしろって言うんだ。

「強さの問題ではないのでござる。チェイル殿しかいないのでござるよ」

……あー、本格的に死んだわ。
さらに強くなる男たちのプレッシャーの中で、俺はそう思いました、まる。