オレンヂ | volcano as 藤島一種架 さん作 |
――俺は連日のように夢を見る。 夢の中、俺は自分の背丈ほどもあるカタナを振るう。両腕を下ろす度に舞う血飛沫。 「ゃめて・・・殺さないで――」 そんな声にも耳を貸さず振り下ろされた刃が少年の頭蓋を割る。 ――ぱあぁっと、音を立て、頭部を中ほどまで切裂かれた少年の体が淡く輝く。 だがそれも一瞬の事、次の瞬間には少年の体は金色の羽根となって消え失せた。 それは、この瞬間に、両方の世界から彼が居なくなったことを意味しているのだが―― 「――ウルフ! 何してる、そろそろ引き上げるよ。別の連中が近づいて来てる!」 美しい筈の光景に、悲しい筈の現実に、 ただ何も感じることはなく呆ける俺に、茂みの向こうから相棒の声がかかる。 (別の連中?) 俺の知覚には何もまだ察知できなかったが、相棒の能力は俺よりも長く修練されていた。 相棒が『来る』というなら、おそらくは『来る』のだろう。 「わかった。すぐ行く」 カタナを腰の鞘に収め、声のした茂みの方へと走りだす。 すぐに茂みが揺れ、走る俺に併走する一つの影。相棒のものだ。 うっそうと続く木々、ジャングルのフィールド。 俺達の狩場の一つ。 互いに勢いを殺さぬまま障害物をたくみに避け、時に茂みを切裂き疾走する。 横目で見た相方の手に握られているのは短刀。 返り血など無いというのに。 木漏れ日浴び、白く輝く刀身にこべりつくどす黒い血が見え・・・ 森のフィールドを抜けたのだろう。 次の瞬間、先ほどまで周囲に広がっていた木々は既に背後。 速度を緩め振り返ると、相棒は既に立ち止まりステータスウィンドを開いていた。 確かに随分と距離を離したとはいえ、まだホームまで戻ってきたわけじゃない。 何時何処で『敵』に出くわすかは分らないのだ。 特に、今の俺達には、他の連中よりも『敵』が多い。 『立ち止まるな。』 そう咎めようとした時、 「――どう?」 相棒が俺の目の前に何かを突き出した。 それは金細工の美しいサークレットの様なものだった。 相棒の手が素早く自身のステータスウィンドを叩いたかと思うと、消えるサークレット。 一瞬後、消えたサークレットは相棒の額に装着されており、 「似合う?」 華麗にターンを決め長い目の色素の薄い髪が風と遊ぶ。 無邪気な笑顔。 その様に怒る気が失せた俺は 「ああっ、冗談。これ売れたら何か美味しいものでも――」 なおも嬉しそうに続ける相棒に背を向け、 「――もうっ」 走り出した俺に続く声と、再び併走しだした影に納得すると、ホームまで帰るべく駆ける速度を上げた。 『ソードアートオンライン』 それが俺の見る悪夢の名だ。 あまりに長く見すぎたせいか近頃の俺には、これが悪夢なのか現実なのか、そろそろ理解できなくなっている。 夢? 現実? ・・・・・・ 実を言うと、最近何か大切なを忘れている気がしてならない。 相棒に聞いてみても返ってくる答えはいつも一緒。 「大丈夫、貴方も私も正常よ。気にすることなどなにもない。」 長年を共にしてきた仲間だ。 彼女がそういうなら、おそらくそれは真実で、 「・・・でも、何か忘れてる気がするんだ」 俺達がホームとする薄暗い洞窟の中、心の中にあるモヤモヤを口に出してみる。 でも、洞窟の石の数を数える事を何よりの急務とする相棒からの返答は無く、 「少し寝るよ、・・・オヤスミ。」 だから俺は、それを思い出すべく、今日も悪夢の中で夢を見る。 ソードアートオンライン 二次創作 『オレンジ』 ************************************************************************************************************************ 悪夢の中で見る夢は、 まるで嘘のように暖かい。 故に悪夢という現実に戻った時に受ける衝撃は強烈で それでもその夢を求めてしまうのは、やはりその夢が現実であるからなのだろうか? 俺の見る夢は必ず幼い頃の自分の姿から始まる。 夢の中の俺の名前は、岸棟 晃という名前で呼ばれている。 親父は普通のサラリーマンで、母親は普通の主婦。 兄弟は他になしの何処にでも居る現実世界を生きる一人っ子だ。 いつ頃からこの夢を見るようになったのかは覚えていない。 ただ、面白いことに繰り返し見るこの夢だけが、悪夢という変化のない俺の世界に色を与えてくれていたのは事実で、 何より、繰り返し見るこの夢。 一昨日よりも昨日、昨日よりも今日、と少しずつ時間が進んでいくのだ。 だからなのだろう。 起きた時に感じる虚無感を知りながらも、俺がこの夢を望むようになっていったのは―― ************************************************************************************************************************ 夢の始まり。 それはいつもこの場所からと決まっていた。 『関係者以外立ち入り禁止』 そう書かれた看板を越えた先にある廃ビル。 連日のこと、俺達は小学校の授業が終わると誰一番と競うように集まっていた。 廃ビルの壊れた正面玄関を抜け、すぐある薄暗い廊下を突き当たるまで直進。 突き当たったら右折して少し行くと突如白く開ける視界。 そこは、この廃ビルの中央に隠されたかのように存在する中庭。 俺達はここを『秘密基地』と名づけいつもの集合場所としていた。 その日の今日は俺が一番だったらしい。 友人の姿はまだなく、俺は背中の鞄から取り出したデジコミのカートリッジに今週号の週刊誌を差し込むと、心地よい緑の絨毯に体を横たえた。 母は汚れると嫌うだろうが、当時の俺たちにはそんなこと知ったことじゃない。 漫画の内容はあまり覚えていない。 ただ、クライマックス直前になるといつものように友人が息を切らして駆け込んできた。 「ゲー、今日はアッキーが一番かよ。今日こそ一番だと思ってたのに〜」 悔しそうに言う友人の手には俺と同じカートリッジが握られていた。 今日はその週刊誌の発売日で、家から学校へと向う道中にコンビニがある俺は、学校へと行く前に購入済だったのだ。 ほぼ同時に授業が終わったと言うのに、この日に俺が得たアドバンテージにはそういったわけがあったのだ。 「今週の『ブレ☆ハル』どうだった?」 「・・・いや、言っていいのかよソレ?」 友人の問いに俺の的確な突っ込み。 一瞬思案した後、友人は無言でデジコミに今週号の週刊誌を差し込むと、俺の横に同じように寝そべった。 秘密基地はこいつと俺の他に、残り4人友人で作り上げた。(というよりも、見つけた、だが) その友人達も今日は、何かをすることは無く、ただここで日が暮れるまで、各々が購入してきた今週号を見てるのであろうが、それで当時の俺達は十分だった。 何することもなくただ共有できる時間の大切さなど、理解してはいなかった。 ただ、『一緒にいることが楽しい』事だけはしっかりと体に焼き付いていたんだと思う。 気が付けば俺は中学生になっていた。 部活動が必須項目の一つになっていたので、俺は特に深く考えず剣道部を選んだ。 そういえば、当時流行っていたアニメに江戸時代とファンタジーを掛け合わせたようなものがあったような気がする。 魔法の世界から魔王を名乗る悪者がやってきて、一人のその時代を生きる侍が、カタナ一本で立ち向かっていくという、何処にでも在るようなお話。 その影響だったのか始めた剣道だが、幸いにして俺には才能があったらしい。 連日のように竹刀を振るうことも苦ではなかった。 三年生の時に残した記録は県大会優勝。 他に特に思い出すようなことは無い。 秘密基地を一緒につくった友人とも一緒に遊んではいた。 だが、もうあの場所で会うことは無くなっていた。 きっかけはうっすらと覚えている。 先生が言っていた。 「あの場所は危ないから近づいたらダメですよ。」 誰かが言った。 「秘密基地とかガキ臭いからやめよう。」 俺達は皆して少しずつ大人になっていく。 高校生になっていた。 気が付けば剣道一筋になっていた俺に彼女が出来た。 彼女の名前は エミリー=鞘本。 名前からも想像できるように彼女――エミリーは日系ハーフだった。 北欧系の父親を持つ彼女の容姿は、俺達日本人には手にしがたい美しさを持っていた。 遺伝的に低確率にも関わらず譲り受けた青い瞳と白い肌にブロンドの髪は、皆の憧れの対象であり、また嫉妬の対象でもあった。 だから、そういうことも彼女にとっては日常茶飯事だったのかもしれない。 「――アンタ、由美子の彼氏に色目使ったでしょ!」 長い目の部活動を終え、備え付けのシャワー室で汗を流し、夏の夕暮れ。校舎の影から流れてくる心地よい風に身を委ねて居た時にそんな声が俺の耳に飛び込んできた。 厄介事だとは思いながらも沸いた好奇心を抑えきれず、俺の足は自然に声のしたほうに向っていた。 先程の声じゃないが、時折聞こえてくる女の子の喧騒を頼りに辿り着いた先は、体育館倉庫の裏側。 (・・・またベタな所だなぁ) そう思いながら壁に背をやり声がした方を覗き込むと、数人の女の子に囲まれたエミリーがいた。 囲んでいる方の女の子達にも見覚えがあった。 あまり品性がお宜しいくない方々で、何処までが真偽か定かではないが、援助交際からはじまり、売りや、薬――流石にこれは嘘だろう――まぁ、何でもございの所謂不良娘達だった。 「わ、わたシ、本当にユミコさんの彼氏さんに色目なんか使ってま・・・せん」 『わたシ』の発音が裏返る。 確か当時日本に帰化してまだ1年。まだまだ日本語のイントネーションが苦手な彼女。 元々、性格は日本人より日本人、と言われているほど控えめな性格なエミリー。 目に涙、顔色を恐怖で青くしながらもなんとかする反論は、彼女等の笑いのネタにしかならず。 (・・・どうしたものかな) 正直、俺は悩んだ。 今までこういったものとは無縁だった。 ――否、巧妙に避けてきた、と言ったほうが適切なのかもしれない。 イジメ。 そんなもの何処にだって溢れている。 今この場においてようやくその事を直視できた。 武藤健次。 俺のクラスメイトで、現在登校拒否の為、彼の席はいつも空席。 直接手を出していたのは少数だが、俺達はあえてそれから目を逸らしてきていた。 それさえ意識しなければ、周りには友人、暖かな空気、平和な日常が繰り返され、俺には剣道があり、成績だって部活の中ではいい方で―― そう、例えそれが幼い頃、一緒に秘密基地で同じ夕焼けを共有した仲間だからと言って例外などありえる筈も無く。 (帰ろう、) 見なかったことにすればいい。 そうすれば明日からも学校に来て、友人と馬鹿話で盛り上がり、そう、もうじきまた県大会がある。 大体俺に何が出来るって言うんだ? 今この場で出て行ったとして、その場は一時的に収まったとしてだ、今度は俺が目を付けられたらどうする? そうなったら、残りの高校生活は、あの『武藤』みたいになるのか? ありえない! そんなのは絶対嫌だ!! 「――へぇ、これホントにヤっちゃっていいわけ?」 声と現実に背を向け、その場を去ろうとした俺の耳に飛び込んできたのは、男の声だった。 「おー、パツキンじゃん、これ地毛?地毛?」 また違う声、これも男。まだ、あと数人いるのか、下卑た歓声が聞こえた。 (本気かよ!? マジこんな事あるのか!) 剣道の練習、面の一撃を脳天に喰らったときのような感覚を覚え、俺は再び背中を壁に戻した。 (ヤるということは、本気でアレのことか?) (無理やり?) (ゴム無し?) (中?) (レイプ?) (AVとかでたまにみるあれ?) 先ほどまでも俺の心臓は激しく脈打っていた。 だが今は、そのときよりもなお激しく耳へと響く。 隠さずに言うならば、俺はこれより繰り広げられる現実とは懸け離れた惨状を想像し、性的興奮を覚えていたのだ。 「や、ぃゃです、No! Don't touch Don't touch・・・」 エミリーさんの声は、正に蚊の泣き声程に小さく、それでも一言一句聞き逃すまいと澄まされた俺の耳は―― 「いやぁぁぁ!! 誰か――っ!」 ――っ! 響いた彼女の悲鳴に我に返った。 俺は一体何をしていたんだ? 何に期待してるんだ? 何を望んでいたんだ! そう訴えるのは恐怖に押さえつけれらた俺の最後の良心。 その良心に蹴飛ばされるかのように飛び出した俺は―― 「あ・・・えーと、その・・・ですね」 飛び出したものの、何か格好のいい言葉を思いつくわけもなく 「ンだてめぇ!」 「邪魔すんなら殺すぞ!」 こういうことに関しては脳の回転が慣れているのだろう、結局エミリーさんに圧し掛かるようなっている男以外の2人の男が色めく声の方が早く、 「見なかったことにするなら見逃してやってもいいぜ」 (見えてしまったものからは、今更目を逸らすことなんか出来ない。) かけられた言葉に反し心の中から沸いた、そんなちっぽけな偽善が微笑ましかった。 「――何、笑ってやがる!」 それが顔に出てしまったのだろう。 二人の男が拳を振り上げこちらに突っ込んでくるのが見えた、が、この危機的状況に反し、意を決した俺の心が、剣道の公式試合の開始直前の礼をする時のように静まっていくのが分った。 右の男の拳を少し後ろに下がってかわす、 次いで左の男のタックルを横に避け、面を打つかのように正眼に振り上げられた俺の手刀が彼の首元に叩き込まれ―― ――そしてそこまでだった。 いつの間にか近寄ってきていた3人目(エミリーさんに圧し掛かっていた男だろう)に羽交い絞めにされて俺は意識が飛ぶまで殴られ続けた。 気が付けば俺は病院のベッドの上。 足に感じる微かな重みに目をやると、瞼を赤く晴らしたエミリーさんが寝息を立てていた。 殴られすぎたせいか頭がぼぅとして、思考が纏まらない。 纏まらない思考のまま、俺は惹かれるかのうように彼女のブロンドの髪に手を伸ばそうとして 「――っ」 右手に巻かれたギブスの存在に気づいた。 (これは?) 霞んでいた意識が徐々に明確さを取り戻すにつれ、何故自分がここにいるか、そしてエミリーさんがここにいるかの理由が理解できてくる。 同時に部屋の外から聞こえてくる両親の声と、それと話すもう一組の男女の大人の声。 「でも、お互い本当に大事無くてよかったですよ。」 「しかシ、片桐さんの息子さんに酷い怪我を負わせてしまい――」 「いやいや、あんな可愛らしい女の子を護れたなら、腕の一本や二本なくしても息子なら本望ですよ」 何か勝手な事をほざいてるのが親父の声で、微かにイントネーションが違う男性の声がエミリーさんの父親のものだとしたなら―― 半ば無意識に、俺は自由になる左手で彼女の髪へと手を伸ばし、そっと撫でた。 「護れたんだ・・・」 あれから後、すぐに誰かが駆けつけてくれたのだろうか? それを確認したかったが寝ている彼女を起こすのも気が咎め、なにより再び襲ってきた睡魔の囁きに抵抗できるほど、俺に気力が残っていなかったらしく、 込み上げるくすぐったい満足感を胸に俺は再び眠りについたのだった。 ************************************************************************************************************************ 「――ルフ、ねぇ、ウルフ!」 それは心地よい目覚め、とい言うわけにはいかなかった。 霞む夢の世界、俺の名を呼ぶ友の声が、そのから悪夢へと覚醒を促す。 正直なところ、この世界へは戻って来たくなどなかった。可能なら、夢の中にこそ永住してしまいたかった。 いつものことで、目覚めた俺は、夢と悪夢とのギャップに酷い苦痛を覚えるのだ。 「――ウルフ!」 だからと言って、相棒を放っておくわけにもいかない。 うっすらと開く瞼。 元々何かの洞窟を利用しただけのねぐらは昼でも薄暗い。 だが、今はそれよりもなお暗く、それは時間がまだ『夜間』である事を意味していた。 徐々に暗視が機能し出し、目前にあった動く影が相棒の顔だったこと分る。 美人、と言う程のものじゃない。かといって不細工でもない。 強い意思を思わせる太い目の眉に、どこか猫科を思わせる鋭い瞳。 加えて、ほんの少し前まで相棒も休息を取っていたのであろう、隠密性故に好んで身につけている皮鎧は外されており、今は黒いアンダーウェアのみ。 強調されたボディーラインは細く、それ故に胸部の膨らみの豊かさは隠し様の無いものとなっていた。 まだ霞がかった頭で、ぼんやりと相棒の顔を見返すと、カーソルが合わさった。 カーソルのすぐ横に表示される名前は――で『リンクス』。 『リンクス(山猫)』 野生動物のようなしなやかさと逞しさ、美しさをを持つ、彼女にはお似合いの名前で、 カーソルのすぐ横に表示される名前はオレンジ色で『リンクス』 不意に込み上げた吐き気に俺は相棒を突き飛ばし跳ね起きる。 存在しないはずの俺の胃が、激しく収縮し、何かを吐き出そうとする。 悪夢と夢のギャップ。 悪夢の洗礼。 出もしない胃液を吐こうとする俺を相棒は止めもしない。 ただただ、視界の片隅で俺の目覚めの儀式が終わるのをじっと見つめていた。 「・・・どうした?」 脳が覚醒し、俺は悪夢を取り戻す。 まだ胃はむかついてはいるが、だいぶ落ち着いてきている。 どうせ昨晩の飯は安物の干し肉と湧き水。切り詰めた少量の飯は既に、栄養となり今頃は血流に乗っている頃だ。 「・・・しくじった。昼の連中の中に、とびきり追跡のスキルを上げてた奴がいるらしい。」 暗闇の中、そう言う相棒の顔に浮かぶは微かな焦り。顎で俺達の住まいとしている洞窟の入り口の方を指す。 なるほど、耳を澄ませば確かに、金属鎧の微かな音がした。 「・・・数は?」 勤めて小声で言う俺にレグナスは、4、いや5人だ、と返す。 レベル次第だが、殺れない事はない数だ、が、それは逆にレベル次第ではこちらが狩られてしまう事に他ならない。 と、なると・・・ 「・・・なかなか気に入っていたんだけどね、この物件。」 相棒の冗談に俺も意図せず苦笑が零れた。 一瞬迷ったが、俺は彼女に手を差し伸べて言う。 「何、またすぐに次の別荘でも買えばいい。」 念の為にと用意してあった大量の松明に俺達は火をともすと、それらを当りにばら撒いた。 それはこの世界の性質上、周囲の物に引火して火事を引き起こすようなことは決してなかったが、あの夢の世界を生きる人には立派な足止めとして機能するだろう。 火の灯りを見咎めてか、入り口の方で騒がしく人の声がした。 これ以上の長居は危険だった。 俺の手を握る相棒は、パチパチと音を立て燃え続ける松明の火をじっと見つめていたが、 「いこう!」 促す俺の声に、今更ながらに俺の存在に気づいたような表情を見せると、すぐにしっかりと頷き返し、同時に俺達は洞窟の奥へと駆け出す。 この先には、鉱物入手の為のイベントが常時用意されており、そのイベントで地下水道に飛び込むと、溺れることなく下流(という表現がこの世界に於いて正確かは定かだが)の湖へと移動できるのだ。 最前線からは遥かに遠いこの階層からイベントで入手できる鉱物などたかが知れており、苦労の割りに合わないと誰も来るものの無くなったこの洞窟は、俺達のような人間にはかっこうの住み家だったのだ。 背後から人の声が近づいてくる。 やれ火事だ、消火しろだと騒ぐ声に少し笑いそうになる。 見れば相棒も忍び笑いを漏らしていた。 冗談など言ったのは、久しぶりだった。 その事に気づいたのは、俺と彼女が、柔らかい地盤の上に、怪しいまでに剥き出しに置かれた鉱物に手を伸ばした時。 すぐさま大地が割れて俺達はすぐ下を流れる地下水道の奔流へと飲み込まれた。 あとは湖に出るまで身を委ねるだけだ。 面白いことに呼吸困難を起こすことはない。 それでもその事を知らない多くの人達は、俺達の後を追って地下水道へと飛び込べないだろう。 それどこそろか、逃げるさなかにトラップに引っかかり死亡した、と思うことだろう。 相棒をもう一度見ると、今度こそ笑っていた。 口開き上げる笑い声はぶくぶくと気泡になって流れの中に消えていく。 俺も同じように笑っているのだろうと思う。 気泡を出しながら、ぶくぶくと。 俺達は下流のイベントの終着点につくまで笑い続けていた。 |