守れない約束蘇鉄 さん作






守れない約束


「やばい、やばい、やばい! 死ぬって、誰かペルプミー!」
 自分の後ろを追いかけてくる一体のトカゲ人間の姿を確認して叫ぶ。
 今も追いつかれないために必死で森の中を駆けているのだが、距離は僅かにしか離れていない。
「くそっ! この辺りで狩りやってる奴は居ないのかよ!?」
 もし居たなら、そいつにこのモンスターをプレゼントしてやるのに……。そんな事を考えているから見つからないのかもしれない。
 危険思想は排除してこれから取るべき選択肢を真面目に考える。
 転移結晶……は勿体無い気がするし、他人にこのモンスターをプレゼント……はMPKになるから却下。
 どうするよ? とは言っても、何とかして迎撃するしか道は無いか。
「ポーション尽きかけてるから、逃げるのが一番なんだけどなぁ……」
 愚痴りながら足を止め、振り返る。
 そこには、トカゲ人間、もとい<リザードマンロード>の姿があった。しかし、結構な時間逃走していたために距離がある。
「このまま走ってたら、もしかしたら逃げれてたかも」
 残り少ないハイ・ポーションを飲み、苦笑しながら剣を構える。
「それじゃあ、腹ァ括りますかねえ」
 不適に笑って剣を振りかぶる――― 


「―――てな事があった訳よ」
「で、お前は尻尾巻いて逃げ帰ってきたのか?」
「うおい! なんでそういう結論になるんだよ!?」
 74層の酒場。ここで、俺ともう一人の男――セッコクという――が酒を飲み交わしている。
 60層からの付き合いだが、砕けた会話はもちろんのこと、リアルの話が出来るほど仲が良くなった。
「おっさんはもっと人の話を聞くようにした方がいいぜい。じゃないと只でさえ人に嫌われる<軍>に居るのにもっと人が寄り付かなくなっちまう」
「おっさんと呼ぶな。それに、俺はまだ36だ」
「セッコク、なんて言い辛い名前にするおっさんが悪いんだぜい。俺からしたら、まだじゃなくてもう、だよ。20も違うじゃんか」
「20じゃねえ、19だ」
「ちっさい事は気にすんなよ。あんま気にしてるとハゲるぜい?」
「む」
 セッコクは己の頭に手を乗せる。短く刈り込まれた黒髪はまだ後退する様子は見せない。俺を睨みつける目は頭髪と同じ黒色だ。
 こんなやり取りをしているが、この男は<軍>に所属している。
 その証拠に、着ている服は他の<軍>の奴等が着ている物と同じ、黒鉄色の金属鎧に濃緑の戦闘服。今は酒場に居るため、ヘルメットを装着していないが。
 ちなみに俺は、<軍>ではなく<血盟騎士団>に所属している。これでも最前線を渡り歩く戦士で、レベルもそこそこに高いと自負している。
 引き篭もりだった俺は最初、このゲームで死んでも構わないと思っていたのだが、実際に生活してみてあまりの不自由さに絶望した。娯楽が圧倒的に少ないのだ。
 アニメもゲームも漫画さえも無い、金が無くては日々の生活さえも危うい。戦って死ぬのは理解できるが、このままなら暇で死ぬなんてことになりそうだ。
 ゲームなのに、暇で死ぬとはこれ如何に? そんな事を考えるぐらいには余裕があった。
 元々、ネットゲームには色々と手を出していたので、戦闘に問題は無いだろうと高を括っていたのだ。
 しかし、現実は甘くなかった。見た目がリアルなモンスターは間近で見るととても恐ろしく、自分はまだ死にたくないという事に気付かされた。
 町に逃げ帰って静かに暮らそうとも思った。だがやはり、自分の家が恋しくなる。家に帰るんだ、という気持ちで自分の中にある恐怖を押さえ、モンスターと戦った。初めてモンスターを倒したときは心臓がドクンドクンと大きく鼓動していたのを今でも覚えている。
 ビーターと呼ばれる人たちには敵わないが、それでも自分なりにレベルを上げ続け、前線で戦うに至った。
 パーティーを組むようになってからは、引っ込み思案ではパーティーでの待遇と言うか位置づけ(アイテム配分など)が良くない事を知り、自分の性格を変えるように努力した。
 現実の自分を知っている人が居ないので、実際の自分よりも明るく振舞うことが出来た。
 そんなこんなで、前線で戦う俺にもギルドの声が掛かった。ソロや野良パーティーで戦うことに限界を感じ始めていた頃だったので、これ幸いと入ることに決めた。
 そして今に至る。
「これから……良くないことが起きそうな気がするんだ」
 セッコクが手に持ったコップを揺らしながら呟く。その顔は何処か思いつめたような、真剣な顔だった。
「どうしたんだよ、いきなり。らしくないねえ」
 俺は両手を肩の高さまで上げて肩を竦めながら茶化すように笑う。セッコクはそんな俺を睨んだ。
「いいから聞けよ」
「おーけい。で、何だっておっさんはそんな思いつめたような顔してんのよ?」
「ああ、これから軍が最前線に顔を出すことになったんだ」
「ああ? 最前線に来てどうすんだよ。これからボスでも攻略しますってか」
「そうだ。コーバッツが先頭に立って戦うらしいのだがな、俺もそれに参加することになったんだ」
 冗談で言ったつもりだったのだが、どうやら本当のようだ。
「そーかい。だからって、何の準備も無しに突っ込むようなことはしないだろ?」
「さあな、あのコーバッツの事だ。マップデータが手に入り次第突撃、と言う事もありえるだろう」
 んなバカな。とは言えなかった。目の前の男があまりにも真剣な瞳をしていたから……。
「そこで、だ。お前に一つ頼みたい事がある」
「なんだ? あらたまって」
 真剣なセッコクにつられる様に自然と体を乗り出す。
「もしかしたら、俺はこの先死ぬかもしれない。だから、お前に俺の住所を教えておこうと思う」
「住所なんか教えてどうするんだ? 葬式に出ろってか」
 死ぬ事を想定しているセッコクに苛つきを感じてしまう。このゲームでは弱気になった奴から死んでいく。と言う事を何度か目の当たりにしていたために、セッコクに少なからずの反感を抱いてしまったのだ。
「葬式に出ろとは言わないがな。遺言を聞いておいて欲しいんだ」
「ふざけんな!」
 テーブルを力いっぱいに叩きつけ叫ぶと、回りのプレイヤーがこちらに視線を向けた。そんな視線を物ともせずに罵声の一つでも浴びせてやろうと思ったとき、
「ふざけてなんか居ない。俺だって真剣に考えた。その上でお前に聞いてもらおうと思ってるんだ」
 セッコクの真剣な眼差しと口調から、俺は咳払いをして話を聞く事にした。
「わかった。聞いてやるよ。だけどな、よく覚えとけ! 俺はお前が死ぬなんざ思っちゃいねえ。危なくなったら他の奴等を見捨ててでも戻って来い。それを約束できるって言うなら聞いてやる」
 自分でも感情が高ぶっていると思ったが、気にしないで話し続ける。
「お前は俺の仲間だ。年齢は違えど友人とも思っている。俺にはお前以外に親しい奴が居ないから言っているんだ。それを覚えていてくれ」
「俺だってお前の事は仲間だと思っているさ。友人……と言うよりは出来の悪い弟か息子がいいとこだがな。だからだ、だからこそお前に言っておくんだよ。他の誰でもないお前に約束しておきたいんだ」
 ふと見ると、セッコクのコップを持つ手が震えていた。セッコクがどんな思いでこの話を切り出したのかが解らなかった自分を恥じた。
「すまん。感情的になりすぎたな。こんなのは俺のキャラじゃねえや。それじゃあ、お前の話を聞かせてくれ」
「ああ、お前には前にも話したと思うが、俺には7歳……いや、今はもう9歳になる娘が居る」
「裕香ちゃんだったか?」
「そうだ。俺に似ない可愛い一人娘さ」
「おっさんに似た娘なんざ想像も出来ねえ」
「そりゃそうだ。でもな、本当に可愛いんだぞ。そこらの子供なんか比べ物にならないくらいに」
 深刻な話から一転、親馬鹿の娘自慢に移る。
「どこの親だって自分の子が可愛いんだよ」
 何度か聞いた話であるためにうんざりとした様な表情をすると、セッコクが苦笑混じりに言う。
「で、その裕香ちゃんがどうかしたのか?」
「親が恋しい時期に2年もほったらかしにしてたんだ……恨まれる事はあれ喜ばれる事は無いだろう。それでも、お前が幸せになる事を祈っていると伝えて欲しいんだ」
 セッコクが苦笑混じりにコップを煽る。それと……、とさらに続ける。
「俺の妻には、そうだな……すまない、と伝えてくれ。苦労をかけた、と。もしかしたら、向こうの世界ではもう離婚している事になってるかもしれないがな」
 何処か寂しそうに言う。それはもう何度も繰り返した後悔。後悔し続けても足りないほどの悔やみ。悔やんだ上で残された者を想う男の言葉だった。
 俺には重過ぎるほどの、引き篭もりだった自分には眩しく思えるほどの言葉……。
「わかった。約束する。だけど、おっさんが生きて帰ることが出来たらちゃんと自分の口でいうんだぜい?」
「ああ、その時は今言った事は忘れろよ」
「やだね。おっさんの恥ずかしー台詞は後生大事に思い出にしまって置くぜい」
「そこは黙って頷くところだろ」
「弱気なおっさんの事なんか知らん」
 現実に残された人のために言葉を残す事が出来るセッコクの事が、羨ましいと思うと同時に自分のことがとても惨めに思えた。
 暫く笑った後、住所を聞きすぐに席を立つ。暗記は得意なほうだ。多分この住所はもう忘れる事は無い。出来る事なら、二人共生き延びて現実世界で会いたいと思ったが、そんな事は叶わないだろう。
 ここに居ると、涙が零れそうになる。覚悟を決めた男の前で涙を流すような事はしちゃいけない。
 泣くなら自分の部屋で静かに泣こう。それに、まだ死ぬと決まったわけじゃない。
「じゃあ、俺はもう行くぜい。シー・ユー」
「約束、忘れるなよ?」
 背中に、念を押すようにかけられる声に俺は右手を上げて応える。後ろを振り向くなんて事はしない。今の俺の顔は多分、見れたものじゃないだろうから。
 部屋に戻って来た後、ベッドに腰掛けて俺は泣いた。まだ死ぬと決まったわけじゃない、と何度も呟く。
 それでも、セッコクの思いつめた表情が、今までに死んでいった仲間達のそれと重なる。
 できる事なら一緒に行きたい。でも、それをあいつは望まないだろう。少しの間とは言え、戦場を共にした事もある。自分の死ぬところを俺に見せたくは無いのだろう。
 それに、逃げて来いとは言ったが、あいつは決して逃げないだろう。危険の迫った味方を見捨てずに助けようとするに違いない。そういう奴なんだ。
 自分が死ぬ事よりも味方が死ぬ事を黙って見ている事が出来ない、どんな事があっても逃げ延びようとする俺とは正反対のそういう奴なんだ。
「したくない約束なんざ、するもんじゃないな……」
 腰掛けたベッドにそのまま寝転がった。
「何で約束なんかしちまったんだろうなあ」
 何度か寝返りを打って右腕で目を隠すように覆う。涙なんか流したくなかった。

 
 セッコクと約束をしてから数日後、ボス攻略に成功した事を知った。それと、一人の英雄の話も。その英雄は珍しいエクストラスキルの持ち主で、そのスキルは<二刀流>と言うらしい。多分、その英雄はこれから大勢のプレイヤーに追い掛け回される事だろう。
 そんな事よりも、セッコクが死んだ事の方が俺の中では大きい。途中から参加して単独撃破できるくらいの実力なら死人を出すなんて事は無かったんじゃないのか。
 スキル情報が生命線という事は解ってはいる物の、どうしても仲のよかったものが死んだという事実が納得のしきれない物になってしまう。
 フレンドリストの名前がグレーになっているが、どうしても否定したくて、基部フロアの黒鉄宮までモニュメントの名簿を確認しに行くと、もう否定のしようが無かった。
 心のどこかでやっぱり。と思う諦めと、何で死ぬんだよ。という悔やみが半々で存在した。
 その戦いに出向いた<軍>の奴を探し出して聞き出したところ、やはりと言うか、コーバッツの無謀ともいえる攻略が原因と言う事が解り激怒した。が、コーバッツもその戦いによって死んでいるので、ぶつけ様の無い怒りが自分の中にどす黒く留まっていった。
 その後、マップデータを渡したのが英雄――キリトという事を教えてもらった。そいつが調子に乗ってマップデータをコーバッツに渡さなければ死ぬ事なんて無かったんだ。とんだ英雄様だよ。
 話を聞いた後、町の外へ出てモンスターを我武者羅に倒しまくった。自分の体力を気にせずに、一心不乱に。気付いたときには自分の体力がレッドゾーンに突入していた。このまま後を追うことも考えたが、
「ああ、死んだら駄目だ。約束……したんだもんな」
 約束なんてしたくなかった。出来る事ならこのまま死んでもいいとも思ってしまった。だが、約束を思い出したことで、ぶつけようも無い怒りはいつの間にか静まっていた。
「絶対に生き残ろう。そして、おっさんの事を伝えないとな」
 心の片隅では死んだ事を認めたくなくて口に出さなかったが、とうとう口に出してしまった。口にだした途端、セッコクの死が現実味を帯び始め、涙が流れそうになる。
 空を仰いだ。涙を決して流さないように。
「あー……こうしてると何か鼻血出した奴みてーだな」
 などと呟いた。誰も居ない草原で一人空を仰ぐ男の姿は、自分で思うにかなりシュールな姿だ。そんな奴を見かけても俺は絶対に近づかないだろう。
「さあて、攻略組みにはちゃっちゃと攻略を進めて欲しいものだねえ。じゃないと約束守れねえや」
 一心不乱に狩った事によって手に入れたアイテムは町に戻ったときに全て売り払い、装備品のフルメンテ代の足しにした。
 残りの所持金で回復アイテムを大量に買い、直ぐに町を出る。
 攻略に必要なもの、つまりはレベルを上げに行く。時間が少しでも惜しい。金に糸目をつける必要は無い。クリアすればこの世界からおさらばだ。その日のうちにレベルが二つほど上がった。
「やれば出来るモンだねえ」
 日が暮れ始め、周囲にモンスターが居ないかを確認してから誇らしげに呟く。人間、目標があれば頑張れる。とはよく言ったものだ。この調子でレベル上げを続けるか。
「根を詰めすぎるのも良くないな。この辺で切り上げとくか」
 今はテンションがハイになっているが、このままだとやばい。集中力が切れればそこでゲームオーバーになる事は明白だ。
 自分の状態を冷静に見ることが出来ないと話にならない。自分は何としてでも生きて帰らなくてはいけないのだから。
 それから順調に狩りを続け、着実にレベルを上げた。レベル上げに没頭して数日、レベルの高さを評価されたのか詳しくは知らないが偵察隊に抜擢された。


 偵察隊は前線のプレイヤーから見ても危険な役回りではあったが、危険が迫ったときは直ぐに転移結晶で逃げる事が出来るため、それほど苦に思わなかった。
 それに、いつものような少人数とは違い、他のギルドとの協力をして二十人で慎重に慎重を重ねた偵察という事もあったからかもしれない。
 そしてついに、ボスの部屋へとたどり着いた。
「ここがボスの部屋か」
 誰かがぽつりと呟いた。決して大きい声ではなかったのだが静まり返っていたために大きく聞こえた。その呟きを聞いて扉の前に集まった全員に緊張が走る。
「では、前衛と後衛で十人に別れ、後衛は入り口前で待機、前衛はボスの部屋へ突入!」
 偵察隊のリーダーが皆に聞こえるように叫ぶ。その声は扉の向こう側に居るボスに対する恐れを隠しているように思えた。その言葉に応じてそれぞれ前衛と後衛に別れる。自分が前衛に入れられたのでやや不安になる。
「そう不安な顔をするな、危なくなれば直ぐに逃げればいいんだから」
 同じ前衛である仲間が俺の不安そうな素振りを見て肩を軽く叩く。
「ああ、それもそうだな。それよりも、俺達で倒して自慢でもしようぜい!」
 不安ではあるものの、心配はかけさせまいと気丈に振舞う事にした。
 しかし、予想外の事が起きた。中央付近まで入りボスが出現したと思うと、突然部屋の扉が閉じてしまったのだ。
 これにあわてた奴が扉まで駆け寄ろうとしたのを、リーダーが止める。
「あわてるな! 目の前のボスに集中しろっ! 外の奴らが扉を開けてくれるはずだからそれまで持ちこたえるんだ!」
 リーダーの声にはっとして閉じ込められた全員が武器を構える。全員の視線がボスへと集中する。ボスの名前は<The Skullreeper>――骸骨の狩り手と言うらしい。
 一言で言うならでかい百足。この一言に尽きた。他にも言い方はあるかもしれないが、ソレを見た瞬間その言葉しか浮かばなかった。
 人の背骨で出来た百足と思わせる凶悪な形。だが、その頭蓋骨は人間のものではない。流線型にゆがんだ頭蓋骨、二対四つの鋭く吊りあがった眼窩の内部で青い炎が瞬いている。
 大きく前方に突き出した顎の骨には鋭い牙が並び、頭骨の両脇からは鎌状に尖った巨大な骨の腕が突き出している。
 その鎌状の右腕を大きく横薙ぎに振るう。対応の遅れたプレイヤーが餌食となり、HPバーが有り得ないほどの勢いで減少していく。そしてそのまま黄色、赤と色を変え最後にはゼロになった。
 餌食となったプレイヤーの顔は恐怖に引きつる。バーが消滅し、恐怖に引きつったままの表情でそのプレイヤーは破砕した。
 あまりの出来事に目を見開くが、他のプレイヤーも例外ではない。たったの一撃で死んだのだ。ボスとはいえ一撃で死ぬなんて事は、今までは有り得ない事だった。
 誰かが大声で叫ぶ。多分、今死んだプレイヤーの仲間だろう。もしかしたら今の出来事で狂乱したのかもしれない。そのプレイヤーは叫びながらボスへと切りかかる。リーダーが止めようと叫ぶが、そのプレイヤーには届かなかった。
 そのままの勢いで切りつけるが、攻撃する事に躍起になっていて自分の頭上高くに掲げられた鎌に気付いていない。
 リーダーがその鎌に気付き、受け止めようと走り出すが間に合わなかった。あと少しで間に合う所だったのだが非常にも鎌が振り下ろされるほうが速かったのだ。
 振り下ろされた鎌を見上げるプレイヤーは呆然としているのかその場に立ち止まってしまった。即座に右か左に転がっていれば避ける事が可能だったかもしれない。
 また一人、凶刃の餌食にされてしまった。
 その光景を見た俺は直ぐに転移結晶を取り出した。が、使う事が出来ない。
「まさか……無効化空間?」
 絶望が全身を覆う。その呟きが他のプレイヤーにも聞こえたのかそれぞれのプレイヤーが転移結晶をためすが誰一人として使用できた者は居なかった。
「俺達、ここで死ぬのか?」
 ぽつりと誰かが呟いた。それはここに居る全員の心の内の言葉だった。
「そんな事は無い! 外の奴らが今に助け出してくれるはずだ」
 リーダーの言葉はしかし、何の意味も無いように響いた。
 そこにボスの突進が襲う。無効化空間という問題を目の当たりにしてボスへの集中力が低下していたのかもしれない。その突進に巻き込まれたリーダーを含む三人が宙を舞った。
 吹き飛ばされた三人はそのまま空中で粉々に砕け散った。
 その後も一人、また一人と死んで行き自分ともう一人だけとなってしまった。
「はっ、結構な勢いで殺してくれやがって……」
 恐怖で体が震えながらの精一杯の虚勢。言葉が通じる相手ではないのは解っているが勝手の口が動く。
 振り下ろされる鎌をぎりぎりで回避して握り締めた剣で切り付ける。が、相手のHPは全然減らない。
「バグってるって訳じゃあないよな?」
「それなら、俺らには勝ち目がねえよ」
 もう一人が俺の疑問に苦笑しながら答える。
 思い浮かぶ最悪の事態。もしバグであればこの世界に閉じ込められた全員が戻れない事を示す。
 相手の鎌を剣で受け止めるものの、力負けしているために強制的に後退させられてしまう。そこへ、もう一本の剣が鎌に打ち込まれる。そこでようやく後退は止まった。
「二人掛かりで受け止めれば何とか止められるみたいだな。それだけでも、外の奴らに教えてやりたいところだが……」
 最後の味方が笑う。その笑みはもう死ぬ事を覚悟している笑みだった。
 その覚悟が気に入らない、俺はまだ死にたくない。死ぬわけにはいかない。約束があるんだ。
 拮抗していた鎌を徐々に押し始める。まだ、これだけの力が残っていたのか……。火事場の馬鹿力って奴かな。
 しかし、そこまでだった。ボスがいきなり上体を持ち上げ雄叫びを上げる。これは――突進の合図か。
 その場から大きく飛び退くが、もう一人はバランスを崩したままだった。そこへ醜悪な巨体が押しつぶすように圧し掛かる。叫び声とともに最後の仲間も消えていった。
「はは……ここでゲーム・オーバーってか……ついてないねえ」
 いよいよ最後の一人になって自分の負けを認める。ここまでくると笑いしか出てこない。
「どうせなら、痛くないことを祈るぜい」
 両手を広げて鎌の一撃を袈裟切りに受ける。HPバーは今までのプレイヤー同様に減っていき、色を変える。
 おっさん……俺、約束守れそうにねえや……俺もそっちに行くみたいだからさ。
 自慢の娘さんを見れないのは残念だな……。
 しっかし、一撃で死ぬのは反則だと思わないか? おっさん。
 これでホントに死ぬのかな。ああ、死にたくねえな。これで、目が覚めるなら万々歳だけど世の中そんなに甘くねえよな。
 俺の体が光とともに消えていく。それを見ているのはなんとも不思議な気分だ。
「残された奴らがこのゲームをクリアする事を祈るぜい」
 笑いながら最後の言葉を吐き出すと、俺の体は粉々に砕け散っていった。




あとがき
もしかしたらあったかもしれないお話のつもりで書きました。
私は、ソードアートオンラインに出てくるキャラクターが嫌いなわけではありません。
描写が薄いと思われるかもしれませんが、これは実力不足ということで勘弁してください。
自分なりに原作に合せたつもりですが、矛盾点が生じているかもしれません。それも勘弁してください。
それでは、読んでくださりありがとうございました。