髭の男 | び さん作 |
※この話は『ソードアート・オンライン』の設定を使用しておりますがパラレルであり、本編とは関係ありません。 0 宿屋のテーブルに座り、一人食事をする。 時々一緒のテーブルに座らないかと誘いを受けるが完全無視。 この世界に女性は少ないのであたしでももてる様にはなったが、あたしはこの世界に来てからも何も考えず現実逃避するような男は願い下げだ。 とはいえここは現在攻略層からは遥か下、この世界からの脱出に取り組む攻略組のような人間がいないのも当然。 この世界、ソードアートオンライン、通称SAOと呼ばれるゲームに囚われて約半年。脱出するのにも生活するのにもゲームをプレイするしかない状況の中、攻略を行うプレイヤーと生活の為にモンスターと戦う中層プレイヤーのレベルの格差は日が経つに従いどんどんと広がっていく。噂に聞く25層攻略時の混乱で一時攻略が停滞したせいでほんの少しだけ差が縮まったりもしたがそれも気休めにもならない。 あたしだって脱出の為の手助けをしたい。でも、商人職や職人職ならともかく戦士職のあたしに出来る事は全くと言ってない。 もしもあたしのレベルが格段に上がるならばあたしは絶対攻略組として攻略の手伝いを必死にやるだろう。 それが出来ないのはあのゲーム開始直後の茅場の言った言葉、『ゲーム内での死は現実の死になる』があるからだ。 それさえなければデスペナルティーを覚悟して強引にレベルを上げてでも攻略組に加わるだろうけど、本当に死の可能性があるこの世界ではパーティーを組んでみんなで協力していかなければ本当に死んでしまう。 結果、中層プレイヤーに足並みを揃えてしかレベルを上げられない。 本当にもどかしい。何か一気に強くなれるような、そんなものは無いのか。 と、そんな時、隣のテーブルでの声が耳に入った。 「本当に夜行けばレア装備貰えるのか?」 「だから噂だよ。夜型のプレイヤーにフィールドでレア装備渡してまわる奴がいるって」 それはこの中層で小さな噂になっている話だった。 夕方から夜明けまで夜行性モンスターを狩る夜型プレイヤーに高性能の装備品一式を渡していく男の噂。 普通なら物好きな高レベルプレイヤーの仕業として噂にもならない話だが、その男の人相が『長い髭の男』と言う所で噂になることになった。このSAOと言うゲームは何の悪戯かキャラクターメイキング時に苦労して作った容姿ではなく、本来の姿とそっくりな姿としてキャラクターが作られている。かくいうあたしも目元ぱっちりな可愛らしい姿を想像してこの世界に入ったら元の地味顔でかなり愕然とした事を憶えている。 そんな中『髭の男』。いや、無精髭やスタイルとしての髭を持ったままこのゲームにログインした男はいない訳ではないが、噂によるとファンタジー世界にいるような白く長い髭。あたしはクリスマス時期に出没するサンタに仮装した人を想像しているが、そんな男が現実世界にそうそういる訳は無いし、言っては悪いがそんな人がこのゲームをやっているとは思えない。 勢い噂は尾ひれを付けて広がり、老後の人生をゲームに注ぎ込んでいた最年長廃プレイヤーだとか、レアイベントのNPCだとか、何かのイベントで髭が生えちゃった人だとか、ある事無い事言われる事となった。 他にもその男の噂として拳術スキル――どうやら体術スキルの上位スキルらしいが――の達人であっという間にモンスターを撃破したとか言われているが、本当に死ぬかもしれないSAOで武器無しのスキルを上げると言う事がどれだけ過酷かは推して知るべしで、これも噂を広める一因になっているのだろう。 「あー、じゃあ俺達も夜狩りに変更しようぜ」 「バーカ。そんな噂に惑わされんなよ。その噂のおかげで昼の方が狩りが順調なんだからよ」 隣のテーブルの男たちは笑い合う。 実際噂を信じてか夜にも狩りを続けるパーティーは増えていた。 そこで、これはあたしにとってかなり嬉しい状況だと気付いた。 あたしは強くなりたい。そして強くなる為にはパーティーに入り狩を行いコツコツと経験値を貯めていかなければいかない。でも、パーティーにはパーティーの都合があって、あたしがまだまだ戦えるときでも周りの人の疲労や回復アイテムの都合などで狩りを切り上げる事が多い。しかし夜型プレイヤーが増えた今ならそっちのパーティーに入れてもらう、いわばパーティーのはしごをする事が容易に違いない。そうすれば順調に経験値もコル(このゲーム内での通貨)も稼げるだろう。別に一気に強くなれるわけではないが経験値稼ぎのスピードアップに一役買ってもらおう。 この噂を広めてくれた誰かさんに感謝。あたしはほくそえみながら宿屋の一室に戻った。 1 夜八時を過ぎた頃、あたしはいつもの夜型のパーティーに加わり夜の森で狩りをしていたのだが、何の因果か骸骨の大群に襲われ奮戦中。 「なんだよこりゃ、多過ぎだよ。モンハウか?」 「多分集めすぎて逃げ出した奴でもいるんだろ。――うぉっとぉ!」 目の前に居る前衛の盾剣士がモンスターの二体同時の攻撃に防御を崩される。そのフォローにまわりたい所だけどあいにくあたしももう一体の敵を相手にしているので手を回せない。 レベル的には大した敵ではないのでこの戦闘で危険な事態になるとは思えないけどこの量は厄介な事は厄介だ。まだまだこれからと言う時に消耗してしまって無駄に回復アイテムを使うなんてもったいない事になりかねない。 仕方なく元々壁役の盾剣士と斧戦士にそれぞれ二〜三体づつ受け持ってもらって、短槍使いのあたしと長槍使い、そしてシーフタイプの短剣使いが慣れない前衛をしながら残りの敵を一体づつ倒していこうと、そういう作戦なのだが……流石にバランスが悪い。長槍使いは流石に前衛には向いていないのでスイッチの穴埋めぐらいで後は援護に回しているし、短剣使いも防御力に関しては大した事が無いので頻繁にスイッチを繰り返して攻撃をかわすしかないと言う状態だった。 鬱陶しい。せめて二〜三体減ってくれればこんな奴等簡単に蹴散らしてやれるのに。 そう思っていた時、茂みの中から一つの影が飛び出してきた。 モンスターが出現するフィールド上だというのに見た所武装してはいない小男。SAO内ではそっちの方が難しいんじゃないかというくらい薄汚れたマントを羽織っている。そしてフードを目深に被り、夜の闇もあって顔はうかがえない。ただ、見えるのはフードの下から見える口元。そこには胸元まで届くくらい伸びた白い髭があった。 「少しモンスターを分けてもらっても良いですかな?」 その声は想像していたより高く、気の抜けるような声だった。しゃがれてはいるが実際は若いのかもしれない。 その声にすぐさまパーティーリーダーの盾剣士が声を返した。 「見て分かるだろう! 幾らでも持ってけ!」 髭の男はすぐに行動に移った。のんびりにも見える動きでまず盾剣士に群がる敵に近付くと拳を何発も叩きこみ敵を粉砕していった。三体いた骸骨はあっという間に数を減らし最後の一体になった時、そいつもやるよと盾剣士は言ったのだろうか、盾剣士と髭の男は頷きあい、盾剣士は敵を髭の男に任せ、仲間の斧戦士のフォローに回った。 その後の戦闘はあっけないものだった。前衛が戻ってきた事であたし達のパーティーはいつもの戦い方に戻る事が出来たし、髭男ものんびりした感じのまま一体一体確実に減らしていった事で長期戦を予想していた戦闘はすぐに終了する事となった。 パーティーメンバー達は回復アイテムを手に取り一時休憩に入り、髭の男は腰に手を当て伸びをしている。髭の男に関してさっきはもしかしたら思ったより若いのかもしれないと思っていたが、こういう所は妙に年寄り臭い。 それにしても髭の男、本当にいたんだ。あの噂が本当ならこの後―― 「それにしても快くモンスターを分けてくださって、本当にありがとうございました」 「い、いやこちらこそ助けてくれて……」 リーダーの盾剣士の声が上ずっている。リーダーもあの噂に期待しているのだろう。既にトレードウィンドウを出したくて左手の人差し指が立っている。 「いえいえ、こちらも良い稼ぎになりましたからな。そうだ。それでは御礼に――」 来たぁー! パーティーメンバー全員が期待を胸に髭の男に注目したのが分かった。 髭の男は手をマントの中に潜り込ませ何やらごそごそと……どうやら腰のポーチを探っているらしい。トレードウィンドウを出す気配すらない。ポーチに入れられている物と言えば大抵回復アイテムやクリスタルなどすぐに必要となる日常アイテムぐらいだ。その中にも高価なものが入れられている可能性はない事はないが、レア装備品に比べると魅力は一気に下がる。 所詮噂は噂か、と期待外れだった事に意気消沈していると、男のマントがいきなりぼこっと膨れた。その後も二〜三度ぼこぼこっとマントを膨らました後マントの中から直剣と盾それに鎧まで取り出した。 「――これをあなたに差し上げましょう」 貴様は手品師かぁー――っっ! 皆が唖然とする中、あたしはツッコミを抑えるので必死だった。タネは大体想像できる。ポーチの中に装備品を入れていただけのことだろう。普通所持限界重量に含まれるポーチの中に装備品を入れる何て事はしない。つまりこの男は戦闘中装備もしない重量を抱えて戦っていたと言う事だ。ネタの為にそこまでするか? となりで長槍使いが「やっぱりNPCか?」とか言っているが無視。確かにNPCがイベントなどでアイテムをくれる場合素のまま手渡ししてくる事はあるが、マントをぼこぼこさせるような不器用な事はしない。あれは絶対ネタだ。 噂の男はいて、噂は殆ど本当だった。ただ知られていなかった事として男はネタの為に命を張る阿呆だと言う事。 「そしてこれはあなたに」 何時の間にか男はあたしの前に立っていてヘッドギアとブーツを手渡してきた。その後腰から何かを引き抜くような動作をしてにゅっと出てきたのはあたしの主武装、グレイブ、要は切る事の出来る短槍。 ――まだ持っていたのか!? と言うかそれって重量多過にならないか!? 「それではありがとうございました」 髭の男はそう言うと、出て来た時と同じく静かに素早く去っていった。 しばらく呆然としていたパーティーは一気に沸いた。すげぇ、本当にいたんだ!とか言って騒いでいる。 あたしは一人釈然としない気持ちでいた。自分が殆ど武装していなかったとはいえあれだけの重量を持って戦っていたと言う事はかなりの高レベルプレイヤーだろう。戦闘のセンスもかなりの物に見えた。それが何故こんな低層でネタのような事をやっているのか? 「あの男を追ってくる!」 あたしは思わずそう告げて走り出していた。 あの男に興味があった。そしてそれ以上に不満もあった。何であんなに強いのにこんな所で遊んでいるのか。そう問い質してやりたかった。 男の姿は途中で闇にまぎれ見えなくなったががあたしには索敵スキルの上位スキル、追跡スキルがある。普段スキルスロットに入れていないそれをスロットに入れ男の後を追っていたので見失う事は無かった。 微かに光る足跡は森の中の道をそれ、木々の間へと消えていた。 あたしは息を殺して森の中へ分け入る。索敵スキルを結構修行しているおかげで木々の中の暗闇も何とか見通せる。追跡スキルの指し示す方へと足を進める。 いた。あたしの索敵スキルに引っかかったそれは近付くと実際視界にも入ってきた。 いたのはまだ少年と言って良い年頃の子供。それも丁度着替え中。半裸でウィンドウを操作している。 あたしは何か言ってやろうと思っていたものが消えていくのを感じた。子供相手に何をむきになっていたんだろうと言う情けない気持ちと――隠れて少年の着替えを見ていた後ろめたさで固まっていた。 結局少年は着替え終わった後、あたしに気付くことなくその場を去ってしまった。 あたしはしばらく固まったままだったが、皆を待たせている事に気付き、待たせているパーティーの元へと帰っていった。 2 絶えず人の行き交う転移門の前。そこであたしはボーっとしていた。 時々パーティーへ入らないかとお誘いが来るが、行く狩場がヌルい所なので断るのを繰り返している。 これと言うのもあの髭の男、いや、ガキんちょのせいだ。あれさえなければ…… 募る怒りを抑えつつ、稼げるパーティーが現れるのを待つ。 転移門がまた人を吐き出した。あたしはそこで目を見張り、そして思わず近付き声をかけた。 声をかけた相手はまだ少年と言って良い子供、盾と腰に片手用斧を装備している。装備はまるっきり違うが見間違い無い、あの髭男に扮装していた少年だった。 いきなり声を掛けられた少年はおどおどと視線をさ迷わせた後、「な、何でしょうか?」と消え入りそうな声で返事をした。 なんだか前に髭男として合った時と様子が違うな。役に入り込むタイプなのかな? と不思議に思いながらも会話を続ける。 「キミ、ちょっと話があるんだけど、時間あるかな?」 少年は「あのー……」、「えーっと……」と言葉を濁すだけでなかなか返事をしない。 イライラする。丁度うちにも弟がいるがこんな感じなのだ。いつも優柔不断ではっきりしない。そうなるといつもあたしは―― 「さっさとはっきりする! 時間あるの! それとも無いの!」 「は、はい! あります」 ――って……ってやっちゃったよ。これのせいで弟の同級生の間で『怖いお姉ちゃん』と呼ばれる羽目になったのだ。反省する事しきり。でもまあ、少年も同意してくれた事だし、ゆっくり話の出来る所へ行くか。 「じゃあ付いて来て」 「は、はい。――あのー、パーティの誘いですか? それなら……」 「違うわよ。あたしはフリー。何処のギルドにも入ってないの」 言いながら少しいらっとした。フリーなのは前からなのだが、あたしがいつも組んでいた優良パーティーを駄目にしてあたしがひまになったのは髭の男の一件があったからだ。 「で、キミ、名前は?」 「ヤロタ……です」 ヤロタ――八郎太だろうか?古風なキャラネームだ。 「ふーん、あたしはリィジー。よろしくね」 「は、はい。それで、話って一体――」 「あ、ここよ。あたし今ここに定宿取ってるんだ。付いて来て」 少年、ヤロタ君はここに来るまでもおどおどしっぱなしだったが、あたしが借りている宿の一室に入ると更に可哀想なくらいおどおどし始めた。ここまで怯えられるとあたしが何かいけない事をする為に連れ込んだみたいじゃないか。もちろんそんなつもりは……無い! あたしは深呼吸を一つして、それから話を切り出した。 「ヤロタ君、あなたなんでアイテム渡してまわっているの?」 ヤロタ君は目に見えるくらいびくっとしてこちらを見た。 「しかもあんな髭なんてつけて。ふざけているの?」 「ち、ちが……」 ヤロタ君は既に泣きそうな顔をしてうつむいている。それを見ていると罪悪感がわいてきそうになるが、うちの弟とのやり取りでその辺りの対応の仕方は慣れている。口調は変えることなく語りかける。 「じゃあ何であんな事してたの?言ってみなさい」 しばらくの沈黙の後、ヤロタ君は途切れ途切れながら話し始めた。 「違うんです。……ふざけているとかそういうんじゃ無くて……ただ、周りの人達にもっと強くなって欲しくて……マナー違反なのは分かっています。反感を買う行為だとは分かっています。でも!」 「ストップ!」 ちょっと泣き声になっていたヤロタ君の顔を両手で挟み、あたしに向かせる。きょとんとした顔を向けるヤロタ君に向かい、あたしはにっこりと笑った。 「……やっぱりヤロタ君が『髭の男』だったんだ。間違えてたらどうしようかと思ったよ〜」 しばらくぽかんとした後、ヤロタ君は「は?」とか「え?」とか言って一頻り混乱して、恨みがましげな目で見つめてきた。 「リィジーさん、知っていたんじゃなかったんですか?」 確かにあたしは髭の男を追跡して、結果ヤロタ君の顔をしっかり見ていたし、今日見つけた時は間違い無いと思った。しかし人の記憶は移ろいゆくもの。おどおどしててここまでキャラが違うと本当は間違っていたのではないかと思い始め、そうすると装備品の傾向が素手の男と盾持ち斧戦士というふうに全く違う事、着替え途中は見たが『髭の男』の装備を身につけていた所は見ていなかったところと不安材料ばかりが頭にちらつくようになっていても仕方が無い。あたしは「いや、まあね」とごまかして話を続けた。 「でも、面白半分でやっていたんじゃなくって良かったよ。確かにネットゲーマーは嫉妬深いから反感買うこともあるかもしれないけど、こんな異常な世界だもん、強い装備品を渡してプレイヤーを死ににくくするのに悪い事なんて一つも無いじゃない。――だからそんなに気にする事なんて無いよ」 頭を撫でてあげる。ヤロタ君はちょっとくすぐったそうに身をよじったりしたが大人しくあたしの手に身をゆだねてくれた。 ヤロタ君はこうして見るととてもかわいい。丸顔でくりくりした目、それが気弱そうにしていると母性本能をいたくくすぐる。そんな少年と二人きりで虐めてみたり慰めてみたり自分の良い様にしてると言うだけでなんか……いや、なんでも無い。 気を取りなおして――さて、ここからが本題だ。 「でもさ、あたし、ヤロタ君のせいでいつも参加していたパーティー無くしちゃったんだ。だから責任とってヤロタ君の入っているパーティー紹介してくれない?」 「え?……どういう――」 あたしは事の顛末を話してあげた。 あの『髭の男』の一件があったあと、あたし達のパーティーは犯罪者プレイヤーの出現を恐れ、早々に狩りを切り上げて街に帰る事になった。街に帰ったあたし達は当然戦利品分配を行う事になったのだが、そこで問題になったのが『髭の男』から貰った品だった。貰った品々は装備して性能を確かめてみると確かに素晴らしく良い品だと言う事が分かり一同は沸いたのだが、これを分配品に加えるかどうかという所で意見が対立した。 言い出したのは長槍使いの男。NPCから貰ったものはきちんと全員で分配するべきだと言う意見だった。それに反論したのはリーダーの盾剣士。『髭の男』はNPCではなくれっきとしたプレイヤーだ。貰った物を勝手に分けるのはマナーに反する。と反論したのだが、そこで『髭の男』はNPCかと言う論争まで巻き起こり、装備を貰ったリーダーとあたし、貰っていないその他の人達、と分かれて大喧嘩になったのだ。 髭=NPC論争はあの時の興奮でまともに見ていた人があたし以外誰もいなく、そしてあたしは追いかけてまでして確認していたのだが装備を貰った派の発言なので「独り占めしたくて嘘をついているんだろ!」と、信用されず、結局結論の出ないまま物別れに終わり、そのままパーティーは嫌な空気のまま完全解消。あたしははじめ、リーダーに付いて行こうとしたのだがリーダーはとあるギルドに誘われギルドメンバーになってしまった。あたしは強くなる事が目的なので中層のギルドに入るつもりは無く、リーダーともそこで別れ、一つ有能なパーティーを無くした。 その後あたしは他のパーティーに入って狩りをしたが、貰った装備は事の外性能が高く、レベル三〜四つ分くらい底上げされていたらしく、強さを求めるあたしにとっては適正なレベルのパーティーでは無くなっていた。仕方が無いので階層を上げて一からパーティーを探しているが、今だあたしに合うパーティーは見つかっていない。 「――ってこう言う事。ヤロタ君が始めた事なんだから最後まで責任取らないとね」 「いえ、でも……、僕、僕もフリーで……決まったパーティーで戦っているわけじゃ……」 「でもパーティで戦っているのに違いは無いんでしょ? ならこうしようよ。しばらくヤロタ君、キミとコンビを組んでいっしょに行動する。それであたしに合ったパーティーがあればあたしがそこに入って一挙解決。キミも責任取ったと言う事で、良いでしょ?」 これがヤロタ君を見つけてからあたしが考えていた事だった。ヤロタ君もフリーだと言う事は考えていなかったが、これほど強い高レベルプレイヤーを見逃す手は無い。彼ならば高レベルプレイヤーの人脈もあるだろうし、あたしの目的『攻略組への参加』の一員としても役立ってくれるだろう。 ヤロタ君の手綱は掴んだ。あとは押して押し捲るだけだ。 「で、でも……」 「良いよね!じゃ、相互フレンドしよ。これからよろしくね。ヤロタ君」 「あ、は、はい。よろしくお願いします……リィジーさん」 ヤロタ君は言った後にあ、となんだか後悔したような顔をしたがもう後には引けないのだろう、大人しくフレンド登録をしてくれた。 ただ、あたしが満面の笑みで迎えてあげたのにそれに怯えたような表情をしたのがまたそそる……じゃなくて、いただけない。もうちょっと懐いてくれても良いのに。 3 宿から出て、ヤロタ君についていった先はあたしが座り込んでパーティーを見繕っていた転移門前の広場だった。ヤロタ君は慣れた感じでその中の一角、露店商が並ぶ所へと進む。そして露店の一つ、買取屋らしい商人プレイヤーの前まで来た。 「よーう、カモちゃーん。さっきお姉ぇーさんに連れられて行ったから今日は来ないかと思っていたよー」 「……ヤロタです」 妙に明るい口調の露天の男に彼は口を尖らせる。カモちゃん? あだ名だろうか。しかしカモとは……? とりあえずあたしも挨拶する。 「こんにちは、あたしリィジーって言います。ヤロタ君とはコンビ組む事になりました」 「こーんにちはー。僕はシャインって言います。シャインって言っても輝く方じゃなくて漢字で書ける方のシャインなんでよろしくー。――でもカモちゃんとコンビ組むって、……ふ〜ん」 あたしはちょっと背筋が寒くなった。何と言うか、このにこにこ顔の露店商と目が合った時、じっとりと観察されているような気がしたのだ。もちろん男の――シャインさんの顔は明るく笑ったままだが。微妙な表情を作り出す事が難しいSAOでそんな心の機微など見出せる筈など無いのに。きっと名前のセンスが寒かっただけだ、そう思いなおす。 「で、シャインさんは何をしている人なんですか?」 「なんだ、カモちゃん話してなかったのー? 僕はこの通り買取屋もやっているけれど、本当は情報屋、それとパーティーの斡旋業と言うか助っ人派遣業と言うかやってんの。で、カモちゃんは僕の店で働く派遣社員ー♪」 ヤロタ君に「そうなの?」と聞くと、恥ずかしげにうつむきながら「そうなんです」と返ってきた。 「いやあ、カモちゃんとの馴れ初めはねー、何処の層だったかは忘れちゃったけど、カモちゃんが具合悪そうにふらふら歩いていたときでねー、その時は知らなかったんだけどカモちゃんてば有名プレイヤーでね、『お人好しのカモ』て呼ばれててあっちこっちの悪い人達に扱き使われまくっててねー」 「シャインさん、そんな話はいいですから仕事の話を……」 堪らずと言った感じでヤロタ君が口を挟むが、シャインさんは人差し指を立ててウインクして話を続ける。 「ダメダメ、重要な話なんだからー。でどこまで話したっけ? ――そうそう、カモちゃんは人が良いから悪い人達にカモにされて扱き使われてて、過労死寸前! って時に僕が見つけてねー。酷かったよー。慌てて宿まで連れてって、三日位だっけ? 起きようとするカモちゃんを無理矢理安静に寝かせて、その間に悪い人達をお仕置きして話をつけて、悪い人がカモちゃんに近付かない様に僕がマネージャーみたいな事をしてパーティーを選別して。それが今のパーティーの斡旋業と言うか助っ人派遣業と言うかの始まりだったんだけど。――だからね、リィジーちゃん? カモちゃんとお友達だったら良いんだけど、もしカモちゃんを利用しようって言うのなら……お仕置きだよ〜♪」 「そんな酷い事なんてしません!なんでこんなかわいい子を……許せない!」 あたしは本気で怒っていた。こんな小さな子を扱き使うだなんて人間が腐っているとしか思えない。――しかし思わずそう言ってしまってはいたが、あたしももしかしたら同じ事をしているんじゃないかと不安になった。あたしはヤロタ君に協力してもらったつもりで扱き使うなんてこれっぽっちも考えていないけど、利用していないっていえるだろうか。 そしてヤロタ君はあたしが「かわいい子」って言った事にだろうか、むくれていた。 「まあそう言う事だから、コンビ組む事になったって言うなら気をつけてやってあげてねー。こっちで注意しててもほら、カモちゃんてば有名プレイヤーだからさー、まだ扱き使おうって人が後を断たないんだよねー。まあ、酷すぎる奴等はもうお仕置きしたから大丈夫なんだけど」 「シャインさん、仕事の話……」 「そうそう、お仕事だけどねー、今日は久しぶりに技能研究会からのお仕事。いつもの奴ね。――じゃこれがお給金」 手早くトレードウィンドウを出してヤロタ君は『お給金』とやらを受け取った後、あたしの方を見た。それを見たシャインさんはああ、と頷いた。 「リィジーちゃんはコンビだからねー。どうする?うちと契約してお給金貰う?」 あたしは慌てて両手を振った。 「いえ、そう言うつもりでコンビ組んだわけじゃないんで、いいです」 「ふ〜ん。まあ、良いけどさ、カモちゃんの負担になることはしないでね」 その言葉にちょっとむっときたが、この人は本当にヤロタ君の事を大事に思っているんだなと思うと気にはならなかった。 あたし達はシャインさんと別れた後、その『お仕事』とやらの為に転移門をくぐった。 4 ギルド『技能研究会』は十人以上いるそれなりの規模のギルドだった。 雰囲気も朗らかで気分の良い人たちばかりだ。装備も見たところ決して良いとは言えないがそれなりの物を持っている。中には斧槍など高レベルな武器を持っている人も少なくない。 ただ、気になるのはギルド全体で装備が一貫していないというか、全員持っている武器がバラバラなのだ。 ヤロタ君とリーダーの大剣使いは何やら打ち合わせをしている。すぐに決まった様でギルドメンバー全員を引きつれてもう一度転移門をくぐって少し上の階層へ行く事になった。どうやら狩りの場所を決めていた様だ。普通最初に狩り場ありきでヤロタ君のような助っ人を入れるものじゃないのかとここでも疑問に思う。 「ねえ、ヤロタ君。この『技能研究会』ってどんなギルドなの? やっぱりスキル研究してるとか?」 道すがらヤロタ君に聞いてみると、頭を掻きながら答えてくれた。 「ええ、スキルの構成、熟練度の効率的な上げ方、上位スキルの発生なんかを研究してそれを広めている人たちなんです……」 「その通り!」 突然横から声が降ってくる。声の主は『技能研究会』ギルドリーダー、大剣使いの男だった。 「我等、技能研究会は技能の研究、研鑚を通じて世の人達の技能向上、ひいては安全を守る為に設立された会なのだ。という訳でお嬢さんもお一つどうかな、『技能の手引き』最新号。百コルの所、特別に五十コルにするよ?」 「いえ、今日は遠慮しておきます……」 ギルドリーダーは、ははは、と笑った後、少し寂しそうに肩をすぼめた。そんなに売りたかったのだろうか。きっとスキル情報を広める事を信念に情熱を持って当たっているからに違いない。……そう決めた。 フィールドをしばらく歩いて着いたのはうらぶれた迷宮区だった。中低層の迷宮区というのは攻略組によって攻略され尽くされているし、モンスターも強い割には他のダンジョンのモンスターと比べて実入りが少なく、魅力が無い。結果、よほどの事が無いと人が寄りつかない寂しい場所となるのである。 ここを狩場にする理由とはなんだろうか? 「それじゃあ、今日一日頼むぞ、カモ」 「……ヤロタです」 ヤロタ君を先頭にギルド『技能研究会』の面々は次々と迷宮区の中に入っていく。どうやらヤロタ君が道案内をしているらしく、迷う事無く道を進む。と敵が現れた。 〈ゴブリンナイト〉、低層に幅広く生息しているゴブリンのうち、重武装で身を固め、ステータスも他のゴブリンより遥かに高いゴブリン。それが三体だ。 ヤロタ君は率先してゴブリンナイト三体に対し飛び込む。ゴブリン二体の剣戟を円盾と片手斧を器用に使いいなす。飛び散る火花。 「リィジーさん! そっちに行った一体、僕の方に誘導してください!」 あたしもグレイブを使い参戦しようとしていたのだが彼の言葉を聞き不思議に思いながらもそれに従う。短槍の遠距離小攻撃で自分にターゲットを移させる。攻撃を受けたゴブリンナイトは唸り声を上げつつ、あたしに向かってくる。それを武器防御スキルを駆使してヤロタ君の隣へと移動させていく。 「リィジーさん、このまま防御に専念出来ますか?」 「この程度の敵、当然楽勝よ!」 「危なくなったら下がっても良いですからね。――皆さん、準備が整いました。始めて下さい!」 え? と思った瞬間、技能研究会の面々が、おお!と鬨の声を上げ、敵の背後に回り、攻撃を始めた。 連続技の応酬を受けゴブリンナイト達は悲鳴を上げる。中層プレイヤーの中では上に入ると自認しているあたしでも見た事の無い華麗な連続技の数々。あたしはしばし見惚れ、これならどのくらいダメージが入ったことだろうと敵のHPバーに注目してみた所……大して減っていない。あたしが受け持つゴブリンなど、あたしがここまで誘導してきた時に牽制で与えたダメージの方が大きいくらいだ。 「……あたしたちが攻撃した方が良くない?」 「駄目ですよ。それだと意味が無いでしょう?」 きー! 戦闘中だと人が変わった様に生意気になっちゃって! 結局、敵が後ろを向いて攻撃しようとしたら突ついてターゲットを自分に移す行為を延々と続けて、攻撃力の全くないギルドの人達に攻撃をさせると言う事を繰り返し、正味二十分も続いた戦闘は終わった。 あたしと言えばグレイブでターゲットを移しなおす時のダメージが確実に敵に蓄積していたらしく、途中であたしが受け持っていたゴブリンナイトは死亡。その後は後ろに下がり、ボーっと戦闘を見ているだけだった。まあそれでも、攻撃力はめちゃ低いながら『技能研究会』の名は伊達ではなく、技の間を繋ぐセンスや連続技を出すタイミングは素晴らしく、すっかり楽しませてもらった訳だが。 センスと言えばヤロタ君のセンスもやはり素晴らしかった。二体同時に少しも怯まず、まるで糸で操っているかのように敵を手玉に取り、ほんの最小限の位置取りと攻撃で全く敵を後ろのギルドメンバーに振り向かせる事無く戦闘し続けた。敵に与えたダメージは本当にゼロに等しく、それでいて二十分も戦っていたと言うのにHPは殆ど減っていない。それだけでも盾防御の見事さや、ステップの巧みさ、ひいては戦闘センスの良さがうかがえる。 しかしそれだからこそこんな仕事を受けた事に苛立ちを感じた。 戦闘の余韻が覚めきらなく、興奮しているリーダーの大剣使いの前に立つ。 「ねえ、あなた達、本当はこの層には入れないくらいレベル低いのね?」 リーダーは訝しげな顔をした後、陽気に笑った。 「その通り。知っているか? 武器スキルの最も効率的な上げ方って。敵をなるべく生かす様にして延々攻撃しつづけるんだ。金に糸目をつけないやり方をするとしたら、そうだな、ヒール結晶を敵にかけてやるのも良いね。 きっついぜ〜、攻撃力の低い武器を選んで敵をなるべく倒さない様に戦い続けるっていうのは。そんな戦いばかりしていると経験値もコルすらも稼げなくなっちまう。……普通ならな。 そこを商人ギルドに頭を下げて会誌を流通させ、有志から極秘で情報を買い取るネットワークを作って商業ベースまで高めて立ち行く所までしたのが我等、『技能研究会』という訳だ。――だけど経験値問題だけはどうも頭の痛い問題でね。結局昔馴染みのカモに頼んでこうやって時々手伝ってもらって強引に上げていくしかないんだよな」 たはは、と笑って頭を掻くリーダー。 それで攻略され尽くした迷宮区に狩りに来た理由が分かった。この人達が下層の迷宮区で戦う利点とは人がいないからモンスターの奪い合いが無い事と、もう一つ、他の有名ダンジョンに比べて敵の湧きが良くないからだ。この人達が戦うには強すぎるこの層で壁役となるのは実質ヤロタ君一人のみ。そんな中で五匹も六匹も敵に湧いて来られたらヤロタ君と言えども対応できず犠牲者を出しかねない。しかし迷宮区は一匹一匹のモンスターが強いもののそこはゲームバランスを考えてか、そんなに大量には湧いて来ない。急激に大量の経験値が欲しく、それでいてコルを稼ぐ方法が他にあるこのギルドだからこその、この場所の選択だったのだろう。 しかし問題はそんな事ではない―― 「あなた達、ヤロタ君をこんな事に使って良いと思っているの。ヤロタ君はこんな低レベルな人達に使われて良い人じゃ無いわ。もっともっと高層で活躍するべき人よ。それを――」 「……リィジーさん、あの……僕は別に……」 ヤロタ君はあたしの前でうろうろしはじめた。戦闘中のはっきりした彼は見る影も無い。 リーダーの大剣使いはうろうろしはじめたヤロタ君を見て、そしてあたしに向き直り、鼻で笑った。 「お嬢さん、確かに俺達は低レベルなプレイヤーだ。それは認める。しかしカモの事を『高層で活躍する人』って言ったな。――じゃあ聞くがこのSAOで『活躍』するってどういう事だと思う?」 「それはSAO脱出の為に奮闘している攻略組のように――」 リーダーはもう一度鼻で笑った。 「SAO脱出、大いに結構。確かに大いなる活躍だ、お嬢さん。だがな、カモは――この小さな坊主は別の事を言ったぜ」 ヤロタ君は小さく「僕、子供じゃないんですけど……」と呟いていたが生憎構っていられない。この男は一体何が言いたいんだろうか。 「俺も昔は自分の事しか頭に無くてさ、今は『技能の研究、研鑚を通じて世の人達の技能向上、ひいては安全を守る為に――』何て言っているけどさ、元は生き延びる為の金儲けの為に作ったギルドだったんだよな。それをカモはよ、俺達がやっている事を話したらいたく感激してな、『皆の為になる事をするなんて凄いです。こういう物があったら全員強くなってモンスターに殺される事も無くなって全員生きて帰る事も夢じゃないですよね。』ってさ……。 全員だぜ全員。こいつはただ帰る事だけじゃなくて『全員』無事で帰る事を考えていたんだぜ。確かにお人好しだなあって思ったけどそれ以前に衝撃が走ったよ。攻略組じゃなくても脱出の為に出来る事はあるってさ……『全員』のな」 そこでリーダーは一つ息をつき、顔を顰めた。 「俺達の会誌ってさ、攻略組にはさっぱり売れないんだ。何故だか知ってるか? あいつ等はもう既に知っているからさ。でもこのSAOが異常なゲームになったからさ、その情報は殆ど俺達下層の人間には入ってこない。……まあ、スキル情報を売るってのは自分の生命線を売るに等しい行為だから仕方が無いけどな。 あいつ等が教えてくれないんだったら誰が教えてやればいいんだって時に俺達がいるんだ。自分達で生きる為の情報を広めてやれるんだ。そういう風にカモの言葉が聞こえたんだ。――それからというもの俺達は金儲けの為じゃなく、とあるプライドを持って運営する事になりましたとさ。 言いたい事分かったか? おまえさんは攻略にこだわりすぎているが、攻略に関わらなくてもしなきゃいけない事ってのは山ほどあるってことだぞ。」 あたしは癪だが何も言い返せなかった。あたしはこれを聴いてもまだあたしに出来る事は強くなる事だと思っているし、ヤロタ君もこんな所で燻っているべき人じゃないと思っている。でも全ての人を守ろうと、皆の為に手伝おうとするヤロタ君の姿を想像してしまっては、反論すべきものが何も見つからなくなってしまう。 「さて、小休憩は終わり。では行くか」 一行は次の敵を目指して歩き始める。 あたしの横でうつむいて赤くなっているヤロタ君を見て、あたしは腹立ち紛れにヤロタ君の頭をぺチンと叩いた。 5 この一週間、ヤロタ君の後を付いて回ってあたしのレベルは格段に上がった。 別に高レベルのパーティーによく参加したという訳ではない。逆に参加したパーティーは低レベルのものばかりだった。 フィールドやダンジョンに沸く素材系アイテム――木を叩くと取れる木材アイテムや岩肌を叩くと出てくる鉱物アイテムなど――を採集して大量に流通させる事を目的としたギルドパーティーや、クエスト情報を収集、確認してその情報を売って生活するパーティーなど、こんなパーティーがいたのかと驚くほどバラエティーに富んだパーティーばかりがヤロタ君の『お仕事』として入ってきた。 代わりとしてあたしが入っていたようなオーソドックスな――狩りを主体として経験値とコルを稼ぎ生活しているような――パーティは一つとして入っては来なかった。 そしてヤロタ君の雇い主、商人プレイヤーのシャインさんは仕事の説明をしてはあの観察するような目であたしを見る。あの目の意味は今は分かる。ヤロタ君の強さだけを見て接してくるプレイヤーを警戒する目だ。あたしがまだそうなのかを見極めようとしているのだ。 実をいうとあたしはまだ上層への思いを持っているし、ヤロタ君も攻略層へ行くべき人だと思っている。ただ、前と違うのはヤロタ君のお人良しさに感化されたのか、中層以下の人達の事を『努力もしない軟弱者』と一概には言えなくなったことだ。この一週間、出会ったパーティは皆全ての人に役に立つ事、皆の為に出来る事をしている様に見えた。皆生きる事に必死で、でも、それでも、それだからこそ一生懸命生きている様に見えた。 もしかしたらあたしがそう思う様にあのにやけ顔の商人は仕事を選んだのかもしれない。そう思うと癪だが、その作戦は大成功に終わったと思われても仕方が無い。 閑話休題。ヤロタ君の仕事は全て夜までかかる仕事ではなかった。大体五時くらいには終了し、一緒の宿で食事をし、そしてヤロタ君はもう一度出かける。もちろんあたしも付いて行った。嫌がったとしても付いて行った。 夜こそがヤロタ君の本領発揮だった。ヤロタ君は攻略層近くまで上り、そこで修行していたのだ。なんと一人で。 ソロプレイはあまり奨励されるべきではない行為だ。何故か。答えは一つ、危険だからだ。ソロだと当たり前だが周りからのフォローというものが無い。いざ危険だと言う時になんの手助けも無いという事ほど危険な事は無い。もちろんあたしも進んでしようとは思わない。だからこそヤロタ君と出会った当初、高レベルのパーティーを探していたのだ。 ヤロタ君は本当に強かった。攻略層までもう数層という所なのに、円盾と斧を持ち、一歩も引かずに僅かなステップだけで敵を翻弄しあっという間に倒していく。片手斧と言うリーチが短くその割には連続技が少ない扱い辛い武器を自由自在に扱い、敵を瞬殺していく姿には、昼の超絶防御センスとはまた異なる美しさがあった。 あたしはヤロタ君の手助けを受けつつ、たった二人のパーティプレイ、いわばソロで戦う術を見に付けた。いや、身に付けつつある途中だ。攻略層近く、しかも危険な夜間戦闘。経験値もどんどん貯まり、それ以上に戦闘に対するセンスが磨かれた。 ただ、ヤロタ君は人と関わるのがあまり得意じゃないらしく、相手から話してきてくれるか、仕事など話す為の目的がある時以外はもじもじとするだけで関わろうとはしない。なので夜間の狩りの時は危なくなったら手助けしてくれるが、あたしが聞かないと戦いの手ほどきは遠慮してしてくれない。 そして夜間の狩りはシャインさんから『お給金』を貰っていなくても十分生活できるお金を手に入れられる手段にもなった。もしヤロタ君がシャインさんの『お給金』だけで生活していたらあたしは生活に困ってヤロタ君から離れなければならなくなった事だろう。 そう思うともしかしてあたしの為に無理して夜にも狩りをしているのではないかと思い、ヤロタ君に聞いてみたところ、そうではなく仕事の為のレベルを維持する為に前からやっていた事だと返ってきた。 ただ、レアな装備品が手に入るたびににまにましているヤロタ君を見るとレベル維持の為だけではなく、『髭の男』のプレイの為にもやっている様に思える。 そう、そしてヤロタ君の『髭の男』の活動だが―― 「ねえ、ヤロタ君。髭の男をしに出て行く事無い様に見えるけど、やっぱりまたやるの?」 あたしはヤロタ君の部屋に(無理矢理)入ってベットを占領している。ヤロタ君はと言えば夜遅いというのにベットから追いやられ、仕方なく椅子に座ってあたしの話を聞いている。 「いえ……、良い装備品も集まっていませんし、それにまだターゲットも見つかっていないので……まだしばらくは……」 「ターゲット? 適当に渡す人を決めているんじゃなかったの?」 思わず枕から顔を上げる。 「あ、はい。『この人は強くなりそうだな』って人を見つけて……戦っている所を見て……それで、その人がどう戦えば一番強くなれるかを調べて、それにあった装備を揃えて……」 「え? それじゃあ、何日もかかるよね? その人を見失ったりしないの?」 「あ、宿までついていって泊まる所は調べますし、どういうダンジョンが好みかもついてまわれば分かりますし……」 「ストーカー……。と言うか、それって獲物を狙うオレンジプレイヤーの行動だよ」 「…………」 「と言う事はあたしの事も付いてまわっていたんだ」 「……すみません」 ヤロタ君はうつむいてしまった。 二人とも黙ってしまったので静けさだけが辺りを包む。一気に部屋の空気が悪くなった。 いけない。気まずくなったあたしは話をずらす。 「……と言う事は、髭の男とはしばらく出会えないって事ね。残念」 「……そうですね」 あたしが冗談めかして言うとヤロタ君はぎこちなくではあるが微笑んでくれた。空気が弛む。 しかし、いや待てよ?髭の男に会えないというのは…… 確かにヤロタ君の髭の男としての活動はしばらく休止だろう。しかしヤロタ君自身はここにいる。 「ねえ……、ヤロタ君、お願いがあるんだけど」 あたしはベットに寝転んだまま頬杖をついて微笑んだ。ヤロタ君の微笑みが引っ込んだ。完全に警戒して怯えている。 「髭の男の格好、見せてくれないかな?」 「嫌です! ……あの格好は特別なんですから」 あっさり断られた。しかしあたしは退かない。 「……あたしの事をつけまわして、ストーカーみたいに調べてたんでしょ?」 「それは……、悪かったと思っていますけど……」 「じゃあ、髭姿見せてくれたら許してあげる」 「そんな……。あ、ほら、もう夜遅いじゃないですか。僕も眠いし、もう寝ましょうよ」 手強い。内気なヤロタ君がここまで拒否するとは思わなかった。多分ヤロタ君にとって髭の男というのは絶対不可侵の心の拠り所みたいなものなのだろう。なんでそんなものにこだわるのかは知らないが。 しかしここで引き下がるわけにはいかない。あたしは弱虫ですぐ駄々をこねる引っ込み思案の弟と渡り合ってきたプライドをかけて、ここで引き下がるわけにはいかないのだ。 あたしは一計を案じた。 「じゃあ……、一緒に寝よっか。……それとも髭の男になってくれる?」 予想通り、ヤロタ君は椅子から転げ落ちる勢いで慌てた。もう、顔が真っ赤だ。 「え? だ、駄目ですよ、そんなの!」 「だめ〜。二択、髭の男になるか、それとも一緒に寝るか。……くふふ、そしたら許してあげるからさー」 「許してくださいよー」 「じゃあどっち?」 ヤロタ君は大きな溜め息をついた。 「……髭をつけます」 やった。見事作戦成功。ヤロタ君くらいの内気な子供と言うのは純情と言うか、自分が『エッチな人』だと知られたくないものだ。だから選択はヤロタ君にさせてしまえばどっちに転ぶかは一目瞭然。まあ、どっちに転んでも、あたしに美味しい……別に彼が一緒に寝ることを選択しても一緒に寝るだけで何もしない! 「……着替えますから、一度部屋を出ててください」 「え?どうせぱぱっと終わるんだから、別に良いじゃない」 そう、SAOでの着替えは実に早い。アイテムウィンドウから装備フィギュアに着たい物、付けたい物をささっとドラッグするだけで簡単に出来てしまう。 「出てって下さい!」 顔を真っ赤にされて怒られてしまい、慌てて廊下へと出る。普段無いくらい凄い剣幕だった。 しかしわざわざ部屋から出ないといけないという事は、本格的に衣装を代えるつもりらしい。もしかしたら勝負下着なんかもあるかもしれない。あたしは髭をつけてくれるだけでも良かったのに。 ただ廊下に立っているのも何なので壁にもたれてヤロタ君を待つ。微かに聞こえる階下の食堂のざわめきやNPC楽団の音楽。 改めて思う。ヤロタ君は何で髭の男になるんだろう。『周りの人達にもっと強くなって欲しい』と言うのは聞いた。確かに装備がしっかりしていた方が強い。経験値を稼ぐ事に対しても有利だろう。しかしお人好しなヤロタ君が考えるだろう『生き延びる為の強さ』という事とはどこかずれている様に思える。『お仕事』でやっているようなみっちり付き添って経験値を上げる行為とは違い、いきなり高レベルな装備を渡し、その後放っておくという行為は、その人がその後で強さに浮かれて無茶な事をしても仕方の無い危険な事であり、いかにもお人好しなヤロタ君がやる事とは到底思えない。そこにはヤロタ君の意思というか欲望というか、何としてもやり遂げたい何かがあるように思えて仕方が無い。 ――しかし遅い。着替えるだけでこんなに時間がかかるとは思えない。 もしかしたらあたしを騙してもう寝ちゃったとか。まさかそんな事は無いと思いながら不安になったあたしはドアの前に近付いた。 ドアの向こうからは何も聞こえない。当然だ、人が借りた部屋は完全防音となっており中の音は一切漏れないシステムになっているのだ。例外はノックをしてこちらの返事に答えたときのみ。 ノックをしようと手を上げたその時、ドアが微かに開いた。 「お待たせしましたな。どうぞ、入ってください」 聞こえてきた声は微妙にしゃがれていた。それは髭の男と始めて会った時と全く同じ声。それでいて良く聞けば一週間聞き続けたヤロタ君の声でもあった。 何故か緊張する。恐る恐るドアを開ける。 「あまりこの姿を見られたくありませんからな。すぐに入って、出来れば扉を閉めていただきたい」 そこには『髭の男』がいた。あの時と全く変わらない姿で。 呆然とするあたしに苦笑する髭の男。あたしは慌てて部屋に入り、後ろ手にドアを閉めた。 「ヤロタ君……だよね」 「確かにそうでしょうなぁ」 あたしの驚きっぷりにだろうか、何やら満足げな笑みを浮かべている。 キャラ、変わり過ぎだ。声もそうだが姿もそうだ。あの時と同じフード付きのマントを羽織り、フードの中から覗く灰白色の髭。そこまでは良い。あの時は夜で色調が変わっていたので分からなかったが、顔色も違うし皺もある。 多分化粧をしているのだろう。この世界にも化粧はある。化粧用のアイテムを使い、顔の色をその化粧アイテムの色に変えていくもので色落ちしないわ化粧落としが一瞬だわでとても便利なものである。しかも一度決まった化粧を『保存』する事もでき、保存した化粧データがある限り化粧アイテムが残っているならいつでもすぐにその顔になれるという機能まである。もちろん化粧はシステム上、男女の区別無く扱う事ができ、肌の色調を変化させるというSAOの化粧の特徴により男性がメイクをする場合、ボディペイント風やタトゥー風にする場合が多い。 余談だが、SAOに化粧があると言う事は多くの女性達にとって救いとなり、特に、眉毛を剃っちゃったお嬢様方の為にSAO開始一週間の間にNPCショップの化粧アイテムの値段が軽く跳ね上がったと言う逸話まで残されている。 ヤロタ君も化粧アイテムを持っていたのだろう。待ち時間から考えて保存していたデータをロードしてメイクしたと思われる。しかしメイク技術が半端ではない。くすませる所はくすませ、こけさせる所はこけさせ、口元目元の皺を強調させるメイクは、メイクの技術を上手く反転させたものだ。 そしてキャラが一番変わったところは性格。おどおどした所が全く無く、人が変わったように悠然としている。一週間ヤロタ君を見てきたから言えるが、こんな事は有り得ない。 「……なんでそんなにキャラ、変わっちゃってるの? もしかしてヤロタ君、演劇部?」 あまりに驚きすぎてつい、リアルの話をしてしまう。言ってしまって後悔した。SAOではリアルの話は最大のタブーなのだ。それはそうだろう。あのリアルに戻れないと知った開始数週間の大パニックを考えれば。いわばプレイヤー共通のトラウマなのだ。 しかし『髭の男』、ヤロタ君はそれをあっさりと流した。 「まさか。ヤロタにそんな度胸があるとお思いですかな?」 ほっほっほ、と穏やかに笑うヤロタ君。いや、これはもう髭の男そのものだ。 「じゃあ、なんで……そんなに」 「そうですなあ、この世界に合わせて『この髭には魔力が宿っている』、って事でどうですかな?」 もうのりのりだ。あたしにはもうこの人がヤロタ君には見えない。魔力云々も信じてしまいそうだ。 なんだかこのままヤロタ君がいなくなってしまうような、そんな薄ら寒い気分になってきた。 「ヤロタ君、分かったからもう演技しなくていいよ」 「そうですか? それならもうお開きにしましょうかな」 「そうじゃなくて、演技をやめていつも通り話してもいいって言ってるの」 髭の男は『予想外の事を言われた』と言わんばかりに一瞬止まった。しかしすぐに元の穏やかな笑みに戻る。 「……それは出来ませんな。私は私、ヤロタとは違いますのでなあ」 あたしも一瞬止まった。何を言っているんだ? それならヤロタ君はどこに行ったと言うんだ? 髭の男がヤロタ君である事に違いは無い。しかし髭の男は自分はヤロタ君とは違うと言う。 それは『ヤロタ』と言う名をまるで別人の様に使っている事からも分かる。さっきは聞き流したが確か演劇部かどうか聞いたときもそのように使った気がする。 まるで二重人格かの様に振舞っているがそうでない事は感じる。これは演技だ。記憶も意識も連続的だし違うのは口調と態度だけ。 なら何故『髭の男』になった時に演技に固執しなければならないのか。 恐怖している? 何に? 髭の男がヤロタ君で無いと言い張るのはヤロタ君であってはいけないから? なら『髭の男』が『ヤロタ君』になったら何が起きる? ――ただの演技に成り下がる? 確信した。ヤロタ君は髭の男に依存しているのだ。髭の男は内気なヤロタ君の望む姿にして唯一の感情の発露の方法。だからこそ大事に隠し、なったらなったでなりきる。なりきらなければ髭の男はただの演技、気弱な自分に戻ってしまう。だから必要無い元の『ヤロタ君』という者は排除される。ただのロールプレイではないのだ。 内気なヤロタ君だから全感覚投影型であるNERDLES環境のMMORPG、ソードアート・オンラインをプレイする事は現実で人と話すのと同じ位の負担だろう。それでもこのゲームにログインしたのは、きっとロールプレイというものに期待したからに違いない。 ロールプレイ、意訳すればごっこ遊び。こう言うゲームでは役になりきる事を意味する場合が多い。 しかしログインしたそこで待っていたものは自分と姿形がそっくりな自分の姿。仮面を期待してこの世界に来ただろうヤロタ君はそこでさらに仮面を付けなければいけなくなったのだろう。 SAOにログインして、それでも変えられなかった何かをヤロタ君は髭の男に扮する事で強引に変え、そのまま髭の男に、いやSAOという世界に精神を引き摺られてしまったのだ。 もしそうなら何と痛々しい事だろう。現実世界で出来なかった何かをSAOに求め、そこでも出来なかった事を髭の男に求める。仮の世界でのまた仮の姿、それに縋らなければ発散できない心。 あたしのお姉ちゃん魂に火がついた。あたしが育てなおしてあげる。髭の男に縋らなくても大丈夫なようにずっと付いて教育しなおしてあげる! ならば出来る事は、まず髭の男を否定しない事。内気な男の子というのは何かしら自分を表現できる何かを持ち、それに依存する。それを無理に消そうとするという事は自分を否定される事と同じ。否定するより先にまずはそれと同等のものを提示し、徐々にそれ無しでも大丈夫なように持っていくのが得策だ。 そう、まずは無理をしない事。会話を通してまずは慣れさせる。 「――で、その『魔力のこもった』髭って、どこで手に入れたの? イベントアイテム?」 「これはですなあ、そうですな、リィジーさんになら話しても良いでしょう。これはアンクと言う名の細工師が一から作り上げた品物なのですよ」 「アンクって……もしかして学ラン作って皆から総スカン食らったあの細工師!? と言うか、それってプレイヤーメイド!?」 「まあ、そんな事もありましたけれど彼は腕の良い職人ですよ。スキル熟練度を越えた何か、そう、魂を込める職人と言うのはあの方のような人を言うのでしょうなあ」 「素材はなんなの? ねえ、触ってみても良い?」 「どうぞ、お好きなように。そう素材はですなあ――」 夜はふけていく。 6 それは突然の事だった。 「お! おい、カモ、カモじゃないか!」 仕事の帰り道、いつもの宿に向かう途中、突然声をかけられた。どうやらヤロタ君の知り合いらしく、ヤロタ君の背中をばんばん叩いている。 「いやー、しばらく見ないと思ったらこんな所にいたのか。そりゃあ見ない訳だよな、こんな上の層じゃ」 「あ、はい。お久しぶりです……」 親しげな男の態度に対してヤロタ君の表情はどこか冴えない。 「よし、カモに会った記念だ。今から狩りに行こうぜ」 「いえ、あの……」 「なんだ、いつまで経っても煮え切らない野郎だな。いいじゃないか、行こうぜ」 「……はい」 「よし、そうと決まればパーティー集めだ。カモがいるって知ったら皆駆けつけるぞ」 興奮して喜色満面に男は話を進め、すぐに鼻歌を歌いながらメッセージを作成して飛ばす。 あたしはこのゴーイングマイウェイな人が気になり、ヤロタ君に聞いてみた。 「……ヤロタ君、この人知り合いなの?」 「はい……昔の、知り合いなんです」 「いいの? たしかシャインさんのとこの契約じゃあ、勝手にヤロタ君が――」 「五時からは自由となっていますから、多分……」 「それにいつもの夜間修行が――」 「それもいつもより遅らせてやればなんとかなると思います。それよりリィジーさん、この通り、僕は遅くなると思いますから宿に戻って待っていてもらってもいいですよ」 「そんな――」 「おい、カモ。皆来るってよ。じゃあその間飯でも食うか。今日は記念に俺の奢りだ。お嬢さんも来るか?」 メッセージを送り終えたらしく男が話に入ってきた。あたしにも同行を進めるが、あたしは調べたい事があったので辞退する。 ヤロタ君とはそこで別れ、あたしは話を聞く為、ヤロタ君の雇い主、シャインさんの所へと向かった。 「そりゃあヤバいよー。あの時と状況が一緒だよー」 シャインさんにさっきの状況を話し終えた後の第一声がそれだった。 「じゃあやっぱりヤロタ君を扱き使っていた人って!?――あたし、行って来ます」 走り出そうとしたあたしの手を掴んで、慌ててシャインさんが止める。 「まあ待って。その人達がカモちゃんを扱き使っていたって訳じゃないんだ。むしろその人たちはカモちゃんを大事に扱うと思うよー? そんなに無茶はさせないと思うし、ほら、カモちゃんに奢るって言ってたんでしょー? 金払いもいいと思うんだー」 「じゃあ『ヤバい』って何が……?」 ふう、と一息ついてシャインさんはあたしの手を離した。露店のマットの上に座り込み、あたしを見上げる。 「僕もこれでも情報屋だからねー、カモちゃんの事を思ってカモちゃんの事は色々調べてたんだよー。 カモちゃんてさー、お仕事の時の動きって凄いよねー。三匹も四匹も同時に受け持って、ほんの少しの動きだけで敵が他にターゲットを移す隙を与えさせないで……まるで敵を操っているかのように自由自在に動かすからねー。それってどこで憶えたと思う? あの内気なカモちゃんを前面に押し出して、三匹も四匹も同時に相手させる。しかも、ダメージだけは与えさせない。それはね、カモちゃんが前いた攻略層じゃなくてこの中層、そこにいた人達が押しつけたものなんだよ」 「え? ヤロタ君って元攻略組?」 驚いた。ヤロタ君の事はかなりの高レベルプレイヤーだと思っていたが、まさか攻略組に名を連ねていたとは。 「そう、攻略組からドロップアウトしてきた子でね、だから中層の人とは――ほら、MMOプレイヤーって嫉妬深いと言うか、高レベルの人が自分と同じ、レベルの低い所で狩りをするのを嫌うでしょー? だからカモちゃんはしばらく受け入れて貰えなくて、それでも受け入れてもらう為にあの戦闘スタイルを身に付けたらしいんだよ。で、それだけで終わったならカモちゃんにとってもめでたしめでたしなんだけどねー、カモちゃんを引き入れた中層の人達はね、カモちゃんが内気で断れない性格なのを良い事にヒートアップしちゃってね、昼夜問わず狩りに連れて行って、休む暇無くモンスターを押しつけて、カモちゃんが引き付けている間に自分達だけで倒して、報酬もスズメの涙で……そうなっちゃったらしいんだ。 僕がヤバいと言ったのはね、カモちゃんのその戦闘スタイルを知っている人に会っちゃったって事なんだ。もし、この事でカモちゃんの事がもう一度広まったら、もう一度同じ状況になるかもしれない。」 シャインさんの顔にはもう、いつもの笑みが張りついていない。 「もう一つヤバい事にね、僕は今忙しくて、前の様にカモちゃんをいつも守ってあげる事が出来ない。だから、リィジーちゃん、君にカモちゃんを守って欲しいんだ」 もちろんだ。ヤロタ君はあたしが守る。力強く頷いた。 シャインさんはふう、と一つ息を吐き、いつものようににぱっと笑った。 「それじゃあ頼むよー。――そうそう、忙しいと言っても僕も陰ながら支えるからー。カモちゃんにも言っておくし、情報屋の力を見せるからねー」 「ありがとうございます」 ヤロタ君を思い、共に手助けしてくれる人がいる事を嬉しく思う。ヤロタ君の優しさはこんなにも人を動かすのだと。 シャインさんに感謝しながらも、ヤロタ君を追おうと歩きかけた時、シャインさんがまたあたしの手を引いて止めた。 「ちょっと待ってー。カモちゃん、ダンジョンに入っちゃったみたいだから今から追おうとしても大変だよー?でも大丈夫ー。僕がフレンドマーカー追跡してたから行った場所は分かるんだー。〈スケルトンケイブ〉、そこにいると思うから行っといでー。 それと、一番最初に僕に知らせてくれてありがとねー。」 いつものにたり顔ながらも何やら照れるような仕草のシャインさんにもう一度感謝して、あたしは改めて走り出した。 7 あたしが考えるより早く、ヤロタ君の噂は広がっていった。 あの最初の一回で集まった人数は事の外多く、そこでヤロタ君が次も行くと約束してしまったパーティーも十を越える数となっていた。 それはなんとか消化して、次に行くときはシャインさんを通してもらう事をヤロタ君はシャインさんに口酸っぱく言われていたので、それもヤロタ君はなんとかこなし、それでも夕方に誘いに来る人をなんとか捌いて(ヤロタ君がつい頷いてしまって行かざるをえなくなってしまう事もあるが)、そこまでしても安全で高効率な狩りというものは魅力なのか、噂は広がってしまった。 結果、仕事終わりの夕暮れ時は魔の時間となってしまった。 ヤロタ君を何とか連れ出そうと群がってくる人達との攻防戦が始まるのだ。あまりにしつこい人、前行った時に酷かった人はあたしが前に出て追い払うが、それ以外はヤロタ君に応対させる。 何故ヤロタ君に応対させるのか、別にあたしが横着したいからとかそういう理由ではない。むしろあたしは口を出したいのを必死に我慢しているのだ。それは何故か。内気なヤロタ君の性格を改善する為、そして一人の時でも問題無く応対し、断るべきものはきちんと断れる様にする為だ。まあ、時々頷いてしまって仕方無しに狩りに同行する事もあるが。 おかげでここの所のスケジュールがハードになった。昼間の仕事を終えた後、そのまま群がってくる人達の対応に追われ、時々ヤロタ君の失敗でそのまま夜もパーティーを組んで戦って、しかもヤロタ君は夜間修行の時間をそれでも減らしたりしないから宿に着くのは夜三時と言う事もしょっちゅうだ。 昼の仕事中でも味を占めた人や『何匹でも壁を維持できる』と尾ひれを付けた噂を信じた人が、モンスターを引っ張ってきてヤロタ君になすりつけて安全に倒そうとする。そういう人達はあたしがモンスターを先に倒した上に怒鳴りつけて追っ払う。 そうそう、シャインさんはこれが宣伝になったのか、大忙しになってしまい、シャインさんの雇っている派遣社員〈?〉全員出動させてそのスケジュール調整に追われている。それはそれで大儲けできて良いのではないか、というのは素人の浅はかさで、シャインさん曰く、「SAOのように個人の能力というものが大きすぎる世界では大規模事業のようなシステムに囚われない高度な事っていうのは難しく、だから個人の能力を超えた営利事業と言うのは単に自分の身を滅ぼすだけ」だそうで、このまま騒ぎが収まらなかったら商人ギルドの方へ事業を丸投げするしかない、と嘆いていた。まあ、ただで終わらせるつもりは無いらしく、事務の仕事が出来る人を求めて待機組の人達の間を回っているらしいが。 そんな訳で、忙殺されているシャインさんに助力を強く頼む事も出来ず――あまりにしつこい人対策はどうやっているのか知らないけどきちんとやっているらしいが――休みをくれと無碍に言える訳も無く……シャインさんに言わせればあたしが率先して全部断ればいつも通りの暮らしくらいには戻れる筈だという事だ。 もう一つ不安材料がある。ここの所犯罪者プレイヤー、カーソルの色からとって通称オレンジプレイヤー、その行動が活発になってきているのだ。噂ではオレンジギルド同士の連携、協力体制が高度になってきたのが原因らしいが…… 実はもう、何度か会っている。いずれも仕事終わり、二人で帰っていたときだ。 ヤロタ君の逃げ足は速かった。斧戦士の癖になんだこの敏捷ステータスはというくらい速かった。あたしが周りに無駄と言われるくらい索敵スキルを上げていた事で見つけるのも早かったおかげもあるが、向かい合う事も無くいつも逃げ出せた。 気弱なヤロタ君だからあくまでCPUが単純なアルゴリズムに基づいて動かしているにすぎないモンスターと戦うより、喋って脅してくるプレイヤーキャラの方が怖いのだろう。あたしの手を取って引きずるように必死に逃げる姿はあまりに真剣で、そんなに怖いのか聞いてみた事がある。 「だって、戦ったら、もしかしたら殺しちゃうかもしれないんですよ?」 それがヤロタ君の返事だった。自分の心配をするより先に相手の心配をするヤロタ君らしい答えで、不覚にもあたしは笑ってしまったが、それはヤロタ君にとってPvP、プレイヤー同士の戦いはいかに負担になるかを暗示する答えだった。 ヤロタ君にとってのPvP戦はすぐに訪れた。始めはパーティーと別れて二人きりの所を狙っていたオレンジプレイヤーはそれだとすぐ逃げられてしまう事を学習し、パーティーと一緒にいる時を狙って襲ってくる様になったのだ。 パーティーを置いて逃げる事も出来ず、ヤロタ君は文字通り盾としてオレンジプレイヤーと対峙する事になった。 それは戦いとは呼べなかった。 ヤロタ君は一歩も引く事は無かったが、それと同時に相手を攻撃する事も無く、ただ亀のようになって相手の攻撃を捌ききっていた。 もちろんそれではいつまでたっても戦闘は終わる事も無い。逆に相手はヤロタ君がぜんぜん攻撃してこない事に調子に乗り、どんどん大人数で攻めてくる。あたしが助けに入らなければ数に押されて大変な事になっていただろう。 それ以降、ヤロタ君がとことん対人戦に向いていないと知ったあたしは索敵スキルを今まで以上に行使し、オレンジプレイヤーに対し気を使った。それでもあたし達を狙うオレンジプレイヤーは時々一緒にいるパーティーメンバーから金品を強奪できたからか、あたし達を狙い続けた。 ヤロタ君は頑張り続けた。 今だ来るパーティーの誘いをなんとか応対し、パーティーを犯罪者から守る為に前面に立ち、そして夜の修行は欠かさない。 それに加えてどうやら髭の男の活動を再開した様だった。昼間の仕事が終わったあとにふらっといなくなっていたり、夜の修行が終わった後に出かけたり、そんな事があったのですぐに分かった。 あたしもこっそり後を付けていって渡すべき人を見繕っているヤロタ君を見続けた。 しっかりサポートしているつもりだった。もちろん髭の男に縋っているヤロタ君を肯定する気は無いが、今すぐに否定しても逆効果な事は知っていたので無理をし過ぎないように、例えば、疲れがたまっていそうな時にはあたしがパーティーの応対をして追い返したりだとか、シャインさんに無理に頼みこんで予約が消化できたら休みの日を入れてもらうようにしたりだとか、そういう事をした。 しかし誤算だったのはヤロタ君が思った以上に頑張り屋だった事。SAOの表情表現では伝わりにくかったのもあるが、ヤロタ君は無理をして、しかもそれを表情に出さずに頑張っていた。 その結果、ヤロタ君は宿で部屋に戻る途中、疲労の限界が来たのか、それともやっと休める事に気が抜けたのか――倒れた。 8 「ヤロタ君!?」 あたしはパニックに陥った。 目の前でヤロタ君が硬直し、まるで魂の無い人形の様に倒れたのだ。 我に帰った時、宿の廊下には人だかりができ、あたしはヤロタ君の頭を抱いて泣いていた。 「ともかく、寝かせてあげた方が良いよ」 傍で心配そうにしている人の言った通りなるべく安静にした方が良いと思い立ち、少し考えたあと、ヤロタ君の部屋ではなく、あたしの部屋に運んだ。宿の部屋は借りた人以外はシステム的に進入不可の領域だからだ。 ベットに寝かせたあと、ヤロタ君の顔を見る。 その顔はうなされている訳でもなく、苦しそうでもなく、安らかな寝顔だった。 ――きっと疲れがたまっていたんだ。 あたしはそう思った。いや、そう思いこんだ。あたしに出来る事は無く、ただ見ている事しか出来ないからだ。 この世界に医者はいないし、もしいたとしてもデータの体を見て何か分かるとも思えない。薬にしてもHPや毒を回復するポーションはあっても体調を改善する薬などは無い。食事で栄養をつけようと思ってもデータの食べ物は空腹は癒すが滋養は与えない。 結果、あたしにはヤロタ君の回復を祈る事ぐらいしか出来ない。 ……いや、ヤロタ君の為に出来る事が一つあった。 ウィンドウを開き、フレンドリストの中からシャインさんの名前を見つける。フレンドリストには登録された通りの名前が出る。《社員》。フレンド登録した時は冗談じゃなかったのかと驚いた名前。いや、今はそんな事どうでも良い。ヤロタ君が倒れた事、そしてしばらく休ませる事を書いてメッセージを飛ばす。 メッセージを送ったあと、自分だけが背負っているのではなく、シャインさんもヤロタ君に手助けしてくれるだろう事を思い、緊張が取れて大きく息を吐く。 きっとヤロタ君を大切に思っているだろうシャインさんは盛大に休みをくれるだろう。そしてそれはヤロタ君を休ませる口実になる。 起きた時ヤロタ君はどうするだろうか。おそらくヤロタ君は倒れてしまった事を恥じ、すぐに仕事に復帰しようとするだろう。人に迷惑をかける事を恐れ、気にするだろうヤロタ君なら絶対そうする。 そんなヤロタ君を強引にでも休ませる為の布石として、『しばらく仕事が無い』と言う口実が必要なのだ。 すぐにメッセージ着信の音が鳴った。シャインさんからだ。あの人も夜遅いというのにいつ寝ているのか分からない人だ。ここしばらくのあたし達もそうなのだけれど。 返信されたメッセージには『了解』を表す言葉と『しっかりヤロタ君に付いていてあげてねー』との事。言われるまでも無い。 「心配してくれる人がいるんだから、早く元気にならないとだめだよー」 こちらの不安も知らず、ただ静かに寝ているヤロタ君の顔を、あたしは眺めつづけた。 「リィジーさん!? ――リィジーさん!」 むー、なによ。あたしは今ネコミミ付けて擦り寄ってくるかわいいヤロタ君と楽しく遊んでいるんだから。邪魔しないでよ。 「リィジーさん、なに怖いこと言っているんですか! 目を覚ましてください!」 仕方無しに目を開けると目の前にはかわいいヤロタ君の顔がある。 「…………ネコミミは?」 「目を覚ましてください! なんでリィジーさんが僕の部屋にいるんですか!?」 言われて状況を確認し、それでようやく意識が覚醒していく。 あたしは……ベットの脇に座ってヤロタ君を見ているうちに寝てしまったようだ。 ヤロタ君はベットに座って慌てている。 「ここはヤロタ君の部屋じゃなくてあたしの部屋、キミはもうちょっと寝てなさい」 「なんで!――そ、そうだ。仕事は、もうこんな時間じゃ……」 「仕事もしばらくお休み。ヤロタ君は倒れたんだよ。それであたしの部屋に運んで介抱して……だから寝てないとだめ。」 そのあと、仕事の事が気になるのかシャインさんの所へメッセージを飛ばして本当に休みか確認したり、自分の部屋で休むと言ったり――これは何かあった時に部屋に入れないからだめ、と説得した。――とまあそんな事があってようやくヤロタ君は大人しくベットに横になった。 あたしは宿の一階にある食堂から遅い朝食を部屋に運び、ヤロタ君と一緒に食べている。二人とも無言だ。 しばらくしてヤロタ君がポツリと漏らした。 「迷惑かけて、すいません」 それに対してあたしも謝った。 「あたしの方こそごめんなさい。知らないうちに無理させてたんだね」 「そんな、……それは僕が勝手に……」 「違うの。あたしね、このゲームにログインしてしばらく、自分じゃ何も出来ないって無力感に襲われてたんだ。脱出する為にあたしに出来る事なんて何も無いって。でも、ある事がきっかけであたしでも頑張れば攻略組に入れるんじゃないかって思えるようになって、それからがむしゃらに強くなる事ばかり考えて…… あたし今でも強くなりたいと思っているし、それにね、ヤロタ君の事も攻略組に行くべき人だと思ってる。だから、あたしも気が付かないうちにそういうのが態度に出て、それで無理をさせていたんだと思うの。 ごめんね。だからもう、無理はさせないし、ヤロタ君の強さだけを見てヤロタ君に攻略組の夢を重ね合わせるのも止める」 「駄目です、そんなの!」 ヤロタ君が突然声を張り上げた。はっとしてヤロタ君を見る。 ヤロタ君の目は真剣で、何か決意を持った強い目だった。 「無理なんてしてません。僕は攻略組に戻るために出来る事をやっているだけです!だから皆のレベルを引き上げる為の仕事も、レベル上げの為の修行も、もちろん髭を付けてアイテムを配る事も、全部止めたりしません!」 一気に言いきったあと、それを恥じる様に気まずげにヤロタ君はうつむいた。 「ヤロタ君も……攻略組に入りたいんだ」 あたしはそれだけをポツリと呟いた。 ヤロタ君はびくりとしたあと、ぽつりぽつりと話し出した。 「はい……。僕は攻略組から脱落したドロップアウト組なんです。驚きましたよね」 ヤロタ君は自嘲気味に笑う。 「……知ってるし。ああ、前にシャインさんから聞いたんだけど」 あたしが素のまま言うと、『驚きましたよね』と言ったヤロタ君の方が目を丸くした。 「知ってるって!? しかもシャインさんも知ってる!? ――軽蔑しないんですか?ドロップアウト組なんですよ?」 確かに『ドロップアウト組』は、その名が示すとおり忌み嫌われている。SAO脱出の為に頑張っている中、それを途中で止めた事、攻略層で鍛えたその高レベルのまま中層で狩りをし、場を荒らす事が嫌われる原因だ。 しかし、そのドロップアウト組というのをそのままヤロタ君に当てはめる事はあたしは出来ないと思う。 ヤロタ君は頑張っている。人の為に働き、自己の鍛錬も欠かさず、しかも攻略層に戻るという意思も持っている。そんなヤロタ君を誰が蔑もうか。 「軽蔑なんてしないよ。攻略組から落ちてもまた這い上がろうと頑張っている人を笑ったりなんかしない。――でもそれなら何でシャインさんの所で働いたり、その、髭の男みたいな事をしてるの? レベル上げの時間が減っていくのは分かってるのに」 ヤロタ君はまた自嘲気味な笑みを浮かべた。 「僕は……こんな性格ですから、攻略層に向かう仲間を集める事も、攻略層に行こうと言う事すら出来ないんです。でも、周りの人が強くなってくれたら、強さを求めるようになってくれたら自然と攻略層へ行こうという人も出てくれるんじゃないかと思って……全部打算なんです。――軽蔑しましたよね」 「それって仲間が欲しいからやっていたって事?」 「そうです。一緒に攻略層に行ってくれる人が欲しくて、それでやっていただけなんです」 あたしはヤロタ君に対し怒りを感じた。ヤロタ君を睨みつける。 「もし本当にそう思っていたのなら、怒るよ」 「そうですよね。軽蔑しますよね――」 「違う!」 あたしは叫んだ。 「ヤロタ君はなんにも分かってない! あたしは仲間じゃないの!? あたしは攻略層にだって一緒に行くよ! 力が足りないっていうなら強くなる! それにシャインさんだって技能研究会とか一緒に過ごした皆だって一緒に戦う事は出来ないかもしれないけど絶対力になってくれる! ……もう仲間はいるんだよ。だからもうそんなに頑張らなくたっていいんだよ」 言っているうちにあたしはいつのまにか泣いていた。それは悔し涙ではない。皆が傷つくのを恐れ、臆病になっていたヤロタ君がかわいそうで、それで流した涙だった。 あたしが突然泣き出したせいでヤロタ君はいつもの気弱なヤロタ君に戻り、おろおろし始めた。 「で、でも、リィジーさんは良いパーティーが見つかったら別れるんじゃあ……」 あ……、言った憶えがある。たしか初めてヤロタ君と会った時に―― 『ならこうしようよ。しばらくヤロタ君、キミとコンビを組んでいっしょに行動する。それであたしに合ったパーティーがあればあたしがそこに入って一挙解決。キミも責任取ったと言う事で、良いでしょ?』 ――確かに言った。 なんというすれ違いだろう。ヤロタ君はあたしが何気なく言った一言を気にして歩み寄れず、あたしは一緒にいる事に安心して『一緒にいる』と言う当たり前の一言を言わずに来た。 全部あたしが悪いんじゃないか。ならどうする。もちろん今まで言わなかった言葉をここでさらけ出すしかない。 「ごめん、確かにそう言った。でも! ……でも、今はヤロタ君、キミと一緒にいたい。そう思ってる」 さっきまでおろおろしていたヤロタ君があたしの一言でぴたりと止まり、そしてあたしの顔をまっすぐに見た。 「すいません、なんにも分かっていなくて。――そ、それで……い、一緒に、攻略層まで行ってくれますか?」 「もちろん! あたし達は仲間だもんね、ヤロタ君!」 救われた、許してもらえた。そう思えた。 泣きながらもあたしは最高の笑顔をヤロタ君に見せてあげた。 9 あたしとヤロタ君が真の仲間となったその後、あたし達は今後の方針を話し合った。 ――今やっている仕事はどうするか。 ――仲間はどう集めるか。 ――攻略層に行ったら何をするか。 日が暮れるまで話し合い、とりあえずとしての方針として仲間集めの前に自分達の実力を上げる事、そしてシャインさんには悪いが、今の仕事は辞める、もしくは休業して攻略層へ行く事に集中する事を決めた。 その日のうちにシャインさんに連絡し――なんとシャインさんは忙しい中わざわざ来てくれたのであるが――その事を話すと、脱退、この場合は《退社》だろうか、それは認めてくれなかったのであるが、無期休暇を認めてくれた。別に社員が減るのを嫌がって退社を断ったわけではない。ヤロタ君に言わせれば、社内特典を持ったまま自由に行動して良いというのはなんだか申し訳無い、と言う事だそうだ。社内特典、それはシャインさんの情報屋としての恩恵を無償で受けられると言う事で、クエスト情報、アイテム情報、ダンジョンの詳細な情報、更に有望なプレイヤーの紹介まで含まれる、あたし達にとってはありがたすぎる条件だった。 シャインさんは、ヤロタ君がいつ攻略層に行く事を決意して自分に話してくれるのかやきもきしていたそうで、しきりに「僕にいつでも頼って良いからねー。カモちゃんは遠慮しすぎるからカモちゃんが嫌だと言っても手助けしてあげるからねー」、と言ってヤロタ君を抱きしめて喜んでいた。 あたしに対しては「カモちゃんをよろしく頼むよー。――ああ、娘を嫁に出す時の気持ちだよー」と言っていた。……あたしは婿か!? 「――このあたりで休憩にしましょう。ここで疲れると後が大変ですからね」 憎らしい天井のせいで見えないが、おそらく太陽が中天に上った頃、ようやくあたしのコーチ、ヤロタ君から休憩のお許しが出た。 あたしとヤロタ君はいつもの修行の場、攻略層から幾層も離れていない層に来ていた。昼間に見るここは夜の覆い被さるような重苦しい森などではなく、綺麗で清々しい、まるでピクニックに来たような気分にさせる所だった。 このヤロタ君が回復して初めての外出は一日丸ごとあたしの修行に費やされる。攻略組を目指しての特訓だ。 ヤロタ君の指導は別にスパルタではないが、狩りで行う実戦以外にも、素振りで行う技のスムーズな繋ぎ方、効率の良い最小限のステップなど、ステータス以外での強さを鍛えるものを多用した大変なものだった。 おかげで普通の狩りよりも身体を動かし、もうくたくただ。さぞかし良いダイエットになっただろうなーと思い、その後この身体は仮の身体だという事を思い出し、理不尽さにちょっと悲しくなった。 「……どうしたんですか?」 「早くこんな世界から脱出しようね……」 「?、……はい、頑張りましょう」 アイテムウィンドウを開き、お昼ご飯の用意をする。と言っても二人とも料理スキルなんて酔狂な物を取っている筈も無いので出来合いのものをただ取り出すだけだが。 丸いパンとビン入りのジュース、それと『何か』の揚げ物。何かの揚げ物の中身は本当に『何か』だ。 『何か』の揚げ物、それはとあるNPCショップで売っている中身がランダムな揚げ物。入っている物が食材なのは変わりないが時々木の実などが入っていて酸っぱい思いをする人もいるというチャレンジブルな食品。ちなみに中に入っている食材の平均価格帯より割高らしいが、そこそこ人気があるらしい。 「「いただきまーす」」 コップにジュースを入れてから二人で一緒に食べ始める。あたしはお腹が空いていたので恥じらいも無く一気に一つ目のパンを平らげる。 「あ、当たりだ。鶏の唐揚げのような味です。美味しい」 ヤロタ君は揚げ物からいったらしい。 「え、ほんと? あたしにも食べさせて」 「駄目ですよ。もう食べちゃいましたから」 ……一口サイズなのが恨めしい。 ほがらかな陽気の中、木漏れ日がこぼれる森の木陰で、穏やかに過ぎる時。 かわいい男の子と一緒に笑い合いながらいると、危なくここが異常なゲームの中という事を忘れそうになってしまう。 「……ねえ、ギルドを結成しない?」 「そうですね。いつかメンバーが集まったら――」 「そうじゃなくて今!」 ヤロタ君はきょとんとしてこちらを見た。何が何だか分からないって感じだ。 「まだ僕達二人ですよ?」 「そう」 「ギルドと言う形にすると個人志向が高い中層の人が入りにくくなりますよ?」 「あたし達が本気だって事を知ってもらう事が出来て良いじゃない。それに――」 「……それに、何ですか?」 ――それにあたし達はずっと仲間で、そしてずっと一緒にいるっていう確かな証となる。 「――いいじゃない、しようよー?」 横から首に手を回して抱きつくと、彼はいつも通りの良いリアクションをした。とてもかわいい。 「わわわ、分かりました!だから離して下さい!」 「分かったって何がー?」 「ギルド!ギルドです!ギルドを結成します!」 「わーい、ありがとー」 「だから離して下さいって!」 あまりに暴れるのでしぶしぶ離す。ヤロタ君は警戒心が急速上昇中らしく、素早い身のこなしであたしから距離を取った。 あまり警戒させるのもなんだからとりあえず謝っておく。 「ごめんね。あまりにもヤロタ君がかわいいから」 「かわいいなんて言わないで下さい!子供じゃないんですから」 さらに怒らせてしまった。ヤロタ君はむくれている。 「子供じゃないって……じゃあ歳はいくつ?」 ヤロタ君は突然笑みを浮かべた。なんだかずっと聞いて欲しくて待っていたかのような……。そして胸を張って誇らしげに答えた。 「18になりました!」 その言葉を飲み込むのに、しばし時間を要した。 18才……。こんなにちっちゃくて、丸顔で目もくりくりしてて、寝てた時こっそり見たけどすね毛も生えてないこんなにかわいいヤロタ君が18…… こんな18才がいて良いのか?この世界に来て一番のファンタジーだ。 ……って、問題はそこじゃなくて、 「同い年!?」 「え!? 同い年!?」 一拍、間を置いてヤロタ君も驚いた。 彼があたしをいくつに見ていたのか気になるが……、これで関係が大きく変わるわけでも無し、あたしは考えるのを止めた。 「……まあ、いいか。ヤロタ君はこれまで通り12才って事で。――それよりギルドだけどさ、名前何にする?」 「――名前ですか、そうですねー、……って今聞き捨てならない事言いませんでした!?」 「言ってない、言ってない。ギルドの事もっと考えなければ駄目だよ。決めなきゃいけないことだって沢山あるしさー。例えば――」 あたし達は笑い合いながら、それでも一生懸命に、この世界を絶対一緒に生きていく。 (ソードアート・オンライン二次創作 『髭の男』 終) 10 眠るものは皆眠り、夜型のプレイヤーは皆出払っている深夜。静かな宿屋の廊下にドアの開く音がする。 部屋から出た男は物音を殆ど立てる事無く、静かに出口に向かって廊下を歩いていく。 男の顔には緊張感と、それ以上の昂揚感が表れている。 いくつもの扉が並ぶ廊下を抜け、後は階下の食堂のみ。無事にここを抜けられた事にだろうか、男の顔にさらに安堵の表情が加わった。 しかし男は気を抜かず、気配を消して階段を降りる。 しかしあたしは許さない。階段を降りきって気を抜いたその瞬間――男の前に飛び出し立ち塞がった。 「ヤロタ君、どこへ行こうというのかな?」 「リ、リィジーさん!? 何で!?」 男は、――いや、もう良いだろう。ヤロタ君はあたしが待ち伏せていた事に気付いていなかった様で、食堂の入り口で固まった。 「ち、違うんですよ! そ、そう! 丁度お腹が空いて……目が覚めて……、……すいません」 パニック状態のままわたわたと手を振って言い訳していたヤロタ君だが、あたしがずっと睨みつけていたそのプレッシャーに負けて、すぐに観念した。 「なんでやろうとするの? あたし達、話し合ったよね? それでもう必要無いって結論出たよね?」 「すいません。……でも、止められなくて。良い人がいると身体が疼いて……」 「だからって……。ギルドの為にお金が必要だからギルド資金だけじゃなくてあたし達もお金を貯めて二人でもしものときは出し合おうって決めたのに。そんな事してたらお金が貯まるわけが無いでしょ? ……言ったよね? 今度やったら没収するって。――髭」 そうなのだ。ヤロタ君の髭の男になってアイテムを渡すという活動は今だ続いている。 最初は無理に止めたらヤロタ君は激しく拒否するだろうと思い黙認していたのだが、ヤロタ君の所持金額が一定以上増えていない事に気付き、ヤロタ君にギルド強化の間は髭の男の活動を一時休止する事を認めさせた。 その間、ヤロタ君の髭の男への依存は対人関係に対する抑圧だと目星を付けているあたしとしては、ヤロタ君が髭の男無しでも大丈夫にする為に、色々な所に連れて行ったり楽しい事を見つけたりして、ストレスを貯めさせない事など髭の男以外に目を行かせる事に主眼を置いてフォローし続けてきた。 ヤロタ君もあたしに軽口を言えるようになったし、自分から話す事も多くなった。 しかしその根は深かった。 ヤロタ君の髭の男に対する執着を依存と言ったが、それはまさに薬物依存の様にヤロタ君の心にはびこっていた。 ギルドメンバーになってくれそうな人を探す為中層に降りて人の戦闘を眺めている時などはそわそわしはじめ、ギルド資金の為に自分達のアイテムを出し合うときも中層の人達が装備できそうな、要求ステータスがそこそこなものを無意識に供出品から外し、しまいには「ちょっと見るだけだから」と夜中に抜け出してターゲットを物色する始末。 まさに禁断症状なそれをあたしは慌てて止めようとした。しかしヤロタ君はもっと効率的な方法を見つけたのか、それともターゲットを調べ上げる事を止めただけなのか、髭の男を突発的に『つい』やってしまうようになってしまった。 それからというもの、止めようとするあたしとあの手この手で抜け出そうとするヤロタ君の激しい攻防戦は始まり、現在に至っている。 まるでギャンブルにはまった夫を止めようとする妻になった気分だ。 ん? 妻? 「――そうよ、結婚よ」 「……リィジーさん?」 何故かヤロタ君が怯えだした。 「結婚すれば万事解決じゃない。――ヤロタ君、結婚よ。結婚しよう!」 結婚すればアイテム欄は統一されて、晴れてヤロタ君の自由は無くなる。しかもギルド以上にヤロタ君と一緒にいるという確かな証になる! 「わー!僕が悪かったですから。リィジーさん、気を確かに持ってください!」 「なに言ってるの!あたしは正気よ!しらふよ!結婚よー!!」 「わーん!リィジー――さーん!」 (本当に 終) |