ORANGE 第一章『ビーター』 | ヤマチ さん作 |
SAO二次創作 ≪ORANGE≫ 第一章『ビーター』 ―――『ビーター』。 俺はその言葉を怖れた。 ゲーム開始早々、ベータテスター経験者は事前に持ちえた知識を使い、一般プレイヤーを遥かに凌ぐ勢いでレベルを上げていった。 そして、取り残してきた一般プレイヤー達のことなど振り返ることなく、ただひたすら上の階層を目指し続けた。 今思えば、彼らが知識を独占することなく、一般プレイヤー達に手を差し伸べていれば、このような事態にはならなかっただろう。 だが哀しいかな。人は自分より下の人間を見下ろすことで安心する生き物なのだ。 それが命を懸けたデスゲームとなれば尚のこと、彼らは自らの保身のために貴重な情報を公開するわけにはいかなかった。 だが、人を見下し安心することが人の性なれば、自分より上に立つものを妬むのもまた人の性。 この理不尽な実力差が一般プレイヤー達の目にどう映ったかは語るまでもない。 彼らはベータテスター参加者たちのことを嫉妬と嘲りの念を込めて、こう称した。 ―――『ビーター』と。 こうして、より上層の町を根城とするベータテスター経験者たちと、下層の町に住まう一般プレイヤー達の間に、深刻な確執が生まれた。 攻略が20層に至る頃、ベータテスター経験者たちのアドバンテージも無くなりつつあった。 今も尚、最前線で戦い続けているの者の大半はベータテスター経験者だが、それは初めから現在に至るまで、ひたすら熱心に攻略を続けてきた者達だけだ。 そのため、未だ上層で活動しているのはベータテスター経験者たちだけだが、その中でも更に上を目指さんとする者と、彼らより数層下で活動する者で分かれてきた。 同時に、下層で地道に活動する一般プレイヤー達の中でも、ゲームのコツを掴み、ビーター達につけられた差を埋めようと、次々と上層へ進んでいく者達も現れ始めた。 彼らは程度の差こそあれ総じてベータテスター経験者に対抗心をもっている。 中には憎んでいるという者もいるだろう。 それも当然の話ではある。 自分達がどんなに頑張ろうとも、最初につけられた差を埋めることが出来ない。 たかが、ベーターテスターの応募に当選したというだけの理由だけで・・・。 一般プレイヤー達の大半がそのテストプレイに応募し、そして落選した人達だ。 それはどんなに悔しいことだろうか。 自分も当選さえしていたならばと何度思ったことだろう。 更には未踏破のダンジョンには多くのトレジャーボックスが存在する。 だが、彼らの探索するダンジョンはとうの昔にベータテスター経験者たちが攻略を追えた場所。 トレジャーボックスなどレアアイテムが最早残ってなどいるはずも無い。 全てが・・・全てが最初のスタートダッシュの差で決してしまったのだ。 必死に最前線に追いつこうとすればする程、彼らはビーターの存在を嫌でも意識させられるのである。 そして攻略が20層に至る頃、彼らは遂に、ベータテスター経験者の中でも下層に位置する者達に追いついたのだ。 今まで、自分達のことを見下ろしてきた奴らの足元に、遂に手が届いたのだ。 ――ベータテスター経験者たちに咎があったわけではない。 ――攻略情報の秘匿も一プレイヤーとして当然のこと。 ――第一、自分達とて取り残してきた者達に情報を分け与えようとはしなかったではないか。 そう・・・ベータテスター経験者が悪いわけではない。 だがそれでも、積もりに積もった彼らの不満と怨みは、もはや理屈だけで割り切れるものではなかった・・・。 あぁ・・・もがき、苦しみ、ようやく地から這い上がってきた者達の声が聞こえる。 ――――「ビーター」。 「ビーター」 「ビーター」 「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビー ター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」 「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビー ター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」 「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビー ター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」 「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビー ター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」 「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビー ター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」 「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビー ター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」 「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」「ビーター」・・・・ ―――それは、喜びの声などではなく、彼らの胸に溜め込まれた怨嗟の呪詛だった。 最早そうすることでしか彼らの気持ちは抑えられなかったのだ。 『悪いな。ビーターと組む気はないんだ。』 『ビーターのくせにこの程度かよ。』 『おやぁ?ビーター様がなんでこんな下層にいるんだい?』 『お前っ!ビーターだったのかっ!?』 『あなた・・・ビーターだったのね。』 『狩り場を荒らさないでもらえるかな。ビーターなら上の階層行けばいいだろ。』 『ビーターは出て行け!』 『邪魔なんだよ、ビーター。』 『消えろ!ビーター!』 『ビーター』 『ビーター』 『ビーター』 『ビーター』 ・・・ ・・ ・ 「君はビーターなんだって?もし良ければ、お手合わせ願えるかな。」 ――あの頃、俺はビーターの中でも『おちこぼれ』の方だった。 俺はもともと攻略に熱心というわけでもなかった。 ただ、ベータテスターを経験していたから普通にプレイしていても、一般プレイヤー達より先に進んでしまったというだけだ。 だから、のんびり攻略を続けている俺が、いづれ一般プレイヤー達に追いつかれるのは分かっていた。 別にベータテスター経験者としてのプライドみたいなものはなかったし、そのことについて特にどうとも思っていなかった。 「一度、ビーターの方とは戦ってみたかったんですよ。自分の実力を知るためにね。」 ――だが、それはこっちの話。 彼らは俺がベータテスター経験者と知ると、執拗に俺のことを「ビーター」と蔑んだ。 それほどまでに自分が――ベータテスター経験者が、彼らに憎まれているなんて思いもしなかった。 だから、ビーターであることを隠し生きていこうと考えたのだが、どこからか俺がビーターであるという情報は直ぐに漏れてしまう。 俺がビーターと知られた時の彼らの表情は、今も思い出すだけで痛みを伴なう。 「まさかビーター様に勝てるとは思ってませんよ。ただ、自分の力がどの程度ビーターに通用するか確かめてみたいんです。」 ある時、俺は一人の剣士からデュエルを申し込まれる。 言葉に反し、彼の目には強者の余裕が覗いていた。 俺の大体の実力を把握し、絶対勝てると判断してデュエルを申し込んできたのは明白だ。 こんな茶番に付き合う気などない。 だが、周囲の状況は俺にそれを許さなかった。 「おーい、ビーターがデュエルするってよ!」 「へぇ〜、あのビーターか。」 「あの『おちこぼれ』か。結局のところアイツ強いの?」 「まさかビーター様が負けるはずないぜ。なぁ?」 「そうだとも!ビーター様ともあろう方に、我々一般プレイヤーごときが敵うはずもない。」 「むしろ一般プレイヤーごときに負けるビーターなんてクズじゃね?」 ――耳障りな笑い声。 ――俺が負けるとことを見届けてやろうと群れ集まる有象無象共。 俺の周囲はすっかり観衆に包囲され、もはや逃げることは叶わなくなっていた。 「すっかりギャラリーに囲まれちゃいましたね。まいったなぁ。」 爽やかな笑顔とは裏腹に、コイツの中には汚い感情で溢れかえっていた。 それは俺に、今か今かと獲物を前に涎(ヨダレ)を垂らす獣を思わせた。 ――いいだろう。ビーターを侮ったことを後悔させてやる。 この時、俺は初めて自身を『ビーター』と意識した。 ―――見上げる空の色は、血を流したようなクレナイ。 「・・・・・・ょお・・・。」 ―――背に感じるのは、冷たくて固い石畳の感触。 「・・・・くしょお・・・。」 ―――遠ざかっていく音は、誰かを嘲笑う声。 「・・・ちくしょぉ・・・。」 ―――横に転がっているのは、真っ二つに折られた俺の剣。 「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――――っ!!!!!!」 ―――俺は・・・■けた。 あの日、俺は誓った。―――誰よりも強くなってやると。 あの日、俺は知った。―――自分は『ビーター』なのだと。 あの日以来、俺の戦いは始まった。 ログインした日、デスゲームに囚われたことを知らされた時でさえ沸かなかった焦燥感が俺の精神を侵す。 誰よりも強くなるために、俺は時間の許す限り剣を振るい続けた。 それこそ朝から晩までずっと―――。 睡眠欲も空腹感も所詮システムが模倣しただけの幻――そんなもの知らぬとばかりに俺は戦い続けた。 それは、今も尚必死に戦い続ける攻略組みの勢いさえ凌駕し、俺は瞬く間に最前線まで登り詰め、攻略組みに名を連ねるに至る。 ――全ては『ビーター』として誰よりも強くあるために。 ―――なんて間抜け。 そんなことを俺は望んではいなかっただろうに・・・。 今だから分かる。 俺は強くなると自分に言い聞かせ、自分の弱い心から目を逸らしていただけだ。 そう、本当は怖かったのだ――彼らが。 俺は彼らから逃れるために、必死に上の階層を目指した。 俺は――彼らの「ビーター」と蔑む声が怖くて、必死に逃げていただけだ。 こうして――― 自身の願いすら間違えたまま、俺は『彼女』と出会うこととなる―――。 第一章『ビーター』終 to be continued |