イチバン。2 | ロロ さん作 |
2. ドルと二人、また狭いホームで退屈な時間だった。 使い魔として最低限のAIしか備わっていないドルは、非戦闘時において簡単なアクションしか起こさない。 ときおり 「ヴー」とか「わー」とか、発言もそれだけだった。 イチには重い空気と人が死ぬ光景のほかにいくつか嫌な物がある。 具体的にあげれば、「大根」「茄子」そして退屈だった。 退屈はやがて暇をもてあまし、未来を夢見て過去を思い出す。 「…」 特に意味もなく、アイテム欄から装備品の刀を取り出した。 「おぃ、ドル。暇なんだ。返事は適当で良いから俺の話を聞け」 半ば強制的にドルを机の上に置き、ケアスキル<<会話>>を発動させる。 簡単なAIしかもたないドルは会話といってもただうなずき、返事がてらにぶーとかうーとか言うわけなのだが。 孤独なイチの、孤独な独り言はこうして毎夜毎夜くりかえされるのだった。 「子烏、俺とお前の出会いでもドルに話してやろうじゃないか」 当時の前線はまだ2桁にも及ばない階層だった。 歩く伝説ヒースクリフのうわさもまださっぱりないようなころ。 イチは最前線に立っていた。 スタートに成功し、最初の地獄の1ヶ月も乗り切った全体の本の一握りの存在、攻略組として。 <<居合い>> ヴン、とスキル発動を知らせる音ともに一人の剣士とイチが出会ったのはそのころだった。 剣士の名はクライン。 後に風林火山という攻略組の精鋭的剣士へとなっていく存在だった。 「…刀使い!」 はじめてその光景を見たときには、大きな興奮でそう叫んでしまった。 すぐさましまった、とツリーオブジェクトの陰に隠れてしまう。 その剣士、クラインに見つからないようにわざわざ息の音すら立てないようにした。 何をこんなにドキドキしているのだろうか、イチ自身理解しておらず、内心はバックバクである。 「なんだ?」 刀使いと呼ばれ、すぐにその剣士はこちらを向く。 イチの隠れるといった行動は非常にのろく、クラインからみれば隠れるまでが丸見え。 そして隠れたあとも、丸見えであった。 あきれた顔で 「そこの木の陰、隠れるの遅すぎだ。出て来い」 まるみえの剣士に声を掛けた。 頭隠して尻隠さずとはよくいったもので、選んだ木が細々としており腕の付け根から右半身が飛び出している。 「頭かくしてうで隠さず?」 挑発的にクラインは続ける。 その右手は腰の刀の柄に添えられ、その体には青白い光をまとっていた。 そ〜っと木の左側からイチが顔を出すと、さきほどおもわず声を掛けてしまった剣士が青白い光を放ち、まるで現実の居合いを放つ体勢であった。 「わ、わ、たんまたんま!俺グリーン!」 その殺意の様な光に怖気づき、両手をあげて木陰から飛び出した。 スーツの様な上着と安物そうなパンツ。 そして腰からはこれがまた安そうな鞘にはいった剣を吊っている。 それがイチの最高の装備であった。 見るからに貧相で、顔も子供っぽいイチを確認するとクラインはあっさりと構えをとく。 「ん?子供か?」 「俺はこぉみぇても、今年で15だ!もうじき16だぞ!」 興奮やら恐怖やら、様々な衝撃でところどころ声が上ずっているが、ほとんど混乱しているといってもいいイチはそのことに気づくことはない。 「15も16も、酒が飲めないうちはガキだぜ坊主」 「ガキでも坊主でもない!俺はイチ!一場大地だ!」 クラインとの出会いだった。 それからクラインはイチに知っている様々情報を与えてくれた。 自分が攻略組であることをはじめ、戦い方やうまい生活のほうほうなど様々なことだった。 もっとも熱く語ったのが刀にたいすることであった。 スキル習得までの道はイチはすでに知っていたので簡単な説明だけで終わったが、居合い、基本切り、袈裟切りなど基本的な攻撃スキルのコツについてはもう、「これがマシンガントークだ!」といわんばかりにしゃべりにしゃべった。 この当時はまだ情報の公開=生残率向上という認識が強く、クラインからすれば小さな子供を1人でも生き延びさせようと必死だったのかもしれない。 たっぷり10日間も行動を共にし、ようやく居合いのコツが分かりかけてきた、そんなころ。 クラインのもともとのPTメンバーの1人が死亡した。 彼を殺したのはモンスターではなく同じプレイヤーであった。 「ミカガミ!何故…何故アステリオを殺した!答えろ!ミカガミ!」 7階のフィールド、小さな小川をはさんで二人の剣士が対峙していた。 その光景をイチはクラインの大分後ろから見ていることしかできなかった。 あのときイチに「出て来い」と言って放っていた、あの青白いソードアートのエフェクトの様なものがイチの目は確かに捕らえていた。 ソードアートではない、本物の殺意だ。 現実の世界ですら感じたことのなかった殺意。 それは遠くから見守る幼きイチの心にしっかりと焼き付けられていく。 決して流れるはずのない汗を感じ、足がすくむ。 イチはそのあとのことは恐怖でよく覚えていない。 ──後で聞いたなしでは、ミカガミは死ぬことはなかったらしい。 PC名箕ヶ神は屠りに屠った挙句、監獄とやらに叩き込んだ、そう屠ったという本人は言っていた── アステリオの不幸な死を引き金に、イチとクラインのまわりで明らかなる「死」がおこっていった。 アステリオの死に発狂したPTメンバーの1人は、翌日に外周から身を投げた。 2日で3人掛けたPTは、連携がくるい、また重なるストレスや疲れからろくに戦闘もできなくなっていた。 再び10日、クラインとイチが出会って20日が過ぎた。 クライン組とよばれていた攻略組の一翼を担うPTはこの20日で7名の欠員をはじき出した。 これ以上の戦闘は無理だと、20日目にいよいよPTは解散となってしまった。 … 「クライン…いっちゃうの?」 「…あぁ。戦えるやつが戦ってやらないと、この地獄は終わらないんだ」 「俺は…!」 俺はまだ戦える! イチのその言葉は喉の奥でかき消されてしまった。 この20日間はイチにとって一生忘れられない日々になる。 今まで人との関わりも無く、孤独に生き延びていたイチにとっては安らぎと苦痛。 初めて人が死ぬという行為に恐怖し、初めて人を傷つけた。 仲間とともに居たいと思う反面、もうだれの死にも向き合いたくなかった。 2つの反する意思は、後者が勝った。 そしてイチは、何もいえなくなった。 「イチ。お前は無理に戦わなくて良いんだ。今はまだ精一杯生き残れ」 精一杯、我慢をした。 イチはもう今にも泣きそうだったのを精一杯我慢した。 「俺が絶対、この世界を終わらせてやるから。だからその時まで、お前は死ぬなよ?な?」 クラインが優しくイチの頭を叩くと、イチの我慢も限界でいよいよ泣きついてしまった。 「おぃおぃ、こんなむさいのに泣きつくなんて勘弁してくれよ」 抱きつくまだこぶりな背中をクラインはやさしく撫でた。 「なぃてなんかなぃ!クラインこぞ、死ぬなよな!絶対に、追いつくから!」 鼻をすする音にところどころ発音を阻まれながらも、幼いイチは精一杯の言葉をクラインに送った。 まだ一緒には行けないけど、きっといつか追いつく。 イチのいいたいことはクラインには伝わったようで、これをもっていけとクラインは小さな刀を一振り具現化させた。 イチに手渡すと 「その意気だ。待ってるぜ」 バン!と力強く両肩を叩いてくれた。 ニヤリと笑って見せたクラインは転移門にむけて歩み始めた。 まるで今生の、永遠の別れの様なその別れをイチは堪える。 ヒースクリフを始め、多くの攻略組の人間たちがクラインがくるのを待っているようだった。 転移が始まる直前、クラインはイチに叫んだ。 「俺がクリアするのが先か!お前がくるのが先か!競争だな!」 … 「そしてあの人は消えたんだ。この小さな刀、子烏を置いてさ…」 イチはそのまま、腰掛けていたベットに倒れこむ天井とともに子烏を見上げて。 「クライン。合流までにはあと10レベル、やっとここまで来たんだ…。今日は久々に攻略組の人間だって、見たんだぜ」 天井よりはるか高く、ひさしくみないクラインの顔を思い浮かべる。 たっぷり10秒。 ふと首を枕元に向けると、枕とセットになっている時計はアインクラッド時4時11分を示していた。 「うぇ!?4時!?」 バッと状態を起こすと、机の上でドルはすでにスリープになっていた。 「おま…人の話は最後まで聞けよな」 3へ続く カナ? **あとがき奥付なんでもスペース('w'* とんでも1から一転メインストーリのキャラとの壮絶禁断のあれな展開。 あくまでイチはクラインのファンさ! シ ガ ナ イ イ チ フ ァ ン ダ!! そんな展開は全く展開されませんので、はい。 子烏は名刀子烏丸より抜粋の刀ですね。 1〜5階層でよくいる雑魚的コガラスが落とすとかいう設定でひとつ。 ちなみにアジリティにほぼ全てをつぎ込み、攻撃能力は武器能力任せのイチ君は子烏を装備しません。 彼の中ではあくまでお守りであり、クラインとの危険な関係への大事なフラグです(ぇ 粗末にはできないよ、ね? そんなわけですっげー[クラインの昔if]てきな2でした。 以上。 |