最多殺人者の日常蒼蒼 さん作






幾閃もの銀の光が空を裂く。
美しいエフェクトを纏った短剣の群れが『敵』に吸い込まれるような軌跡を描き、
閃光の先端が、仮想空間でのVR体とはとても思えないリアルな『敵』の身体に触れると、
一瞬で『オレンジのネーム』の下にあるHPバーが急激に減少し…0を示す値まで後退した。

そして――。
今まで人間の形を保っていた姿は、ポリゴンの欠片となって砕け、消滅する。
その数は五つ。

あっけ無い死が、今、僕の目の前で展開している。

42層。小さな森の中にある山小屋の前。
僕は樹上で隠蔽スキルを発動したまま、その惨劇を眺めていた。

投剣スキルを発動して、隠蔽が解けた『あの人』が一人だけ即死を免れたオレンジネームの前に立つ。

「…ひっ、なんだ、お前――ぐがっ」
オレンジネームの言葉が途中で途切れ、苦しみの声に変わった。

きっと、短剣には高レベルな麻痺毒が塗ってあったのだろう。
『あの人』は、毒スキルも習得している。
そのスキルボーナスによって『あの人』が毒を塗った武器から入る毒は、
表示レベルの5よりも一段上の効果を発揮している筈だった。

案の定。一人生き残ったオレンジネームは、苦悶の表情を浮かべながら地面に這いつくばる。

「ギルドALF、PK対策担当官スラン。
お前は、レッドギルド"R・フラウム"のリーダー、タイラムだな?」
『あの人』が名乗ると、オレンジネーム――タイラムの顔が青ざめた。

今、僕の目の前で"人を殺した"『あの人』。

アインクラッド解放軍(ALF)のスラン。
まともなプレイヤーの間では全く知られていない名前だと思う。
一部の人間。そう、オレンジネームのプレイヤーにだけは、その名が知れ渡っている。
軍の下・中層での犯罪取締りの代表…特に凶悪なレッドギルドに相対する容赦の無いPKK。

何より。
オレンジネーム以上に"最も人を殺している"プレイヤーとして。

「…と、投降する!た、助けて、くれ」
麻痺毒による不快感と……あの人の悪名のせいか、タイラムが声を絞りだすようにして命乞いを始める。

レッドギルド"R・フラウム"は中層のプレイヤーを獲物とする、
徒党を組んで自分達のレベル以下のプレイヤーを襲うタイプのPKで、
ギルドのリーダーとは言え、攻略組み中堅クラスの実力をもつスランさんとは、20から30以上のレベル差がある。
その上、麻痺毒を受けた状態では、何も出来ないだろう。

「"R・フラウム"に協力した緑ネームの情報、他のアジトの場所、
お前のフレンドリストに入っている者全ての名前を提供してもらう。データを転送しろ」
スランさんは、全く感情の読めない冷たい瞳で見つめ、タイラムに条件を提示する。
「わ、わかった、だから…」
「今すぐだ……」
鋭い視線で促されると、タイラムが観念したように項垂れる。
僕からは見えないけれど、トレードウィンドウではデータのやり取りが行われているようだった。

僕は、必死に生きのびようとするオレンジネームの彼に、少しだけ同情した。
データを渡せばどうなるかは、解りきっているのに。
多分、彼だって同じようなことをしていたのだから……。その時に要求したのは金品だろうけど。

「閲覧完了。…これで裏がとれた、感謝する」
「そ、それじゃ、もういいよな?助け…っ!」
タイラムの額に短剣が深々と突き刺さる。
HPバーは、一気にレッドゾーン。それから――毒が入った。
今度は、麻痺系じゃない。高レベルの毒をもつモンスターから取れる"毒袋"を生産スキルによって加工した、
市販されている水晶では解毒不可能な、致死性を高めた猛毒。

SAOでは、ボスの殆どに毒が無効であり、
通常の戦闘では十分な安全マージンをとって、低レベルモンスターを大量に倒す形でレベルアップする。
その為、量産が出来ないタイプの毒は滅多に使われることが無い。

けれど、解毒対策処理された毒薬は、対人で絶大な効果を発揮する。
それは――今、慌てて解毒用水晶を使い…絶望の表情を浮かべた人物が証明していた。

「ああ、もう用は無い」
スランさんがそう言い捨てた途端、猛毒によるダメージがバーに僅かに残っていたタイラムのHPを0の位置まで押し下げた。
ポリゴンの砕ける音が森に響く。

その破滅的な音を確認してから、僕は慎重に隠蔽を解いた。
もし、スランさんが彼らを討ち漏らした時にフォローする手はずだったけど、やっぱり必要無かったみたいだ。

「あーあ……スランさん。今回も、全滅させちゃいましたね。シンカーさんが知ったら怒りますよきっと」
僕は、樹上から降りると、わざとらしくため息をついてスランさんを見る。
言っても無駄だとは解っているけど。

「これが最も効率的な駆除方法だ。
シンカーが過剰に批判を繰り返すようであれば、キバオウの方へつくと仄めかせば良い」
八本一組の投剣『シャドウ・シーカー』が自動回収能力を発動させて、次々とスランさんの手の中へ戻ってくる。
投剣を手際よく鞘へ仕舞いながら、スランさんはギルド内の不和を利用するようなことまで口にする。

「解りました。今回も『反撃と逃亡の阻止の為、止む無く戦闘に』…と報告ですね?」
実際は、不意をついて毒剣で麻痺させ、反撃と逃亡の暇も与えず殲滅だけど。
僕の不満そうな声に、スランさんが小さな苦笑を浮かべる。

「前に説明した筈だ。悪質な相手と戦う時は、彼らの行動を予測して先手を打つ必要がある。
徹底的に容赦なく。彼ら以上に悪辣な行動であっても、躊躇わず選択出来なければ自分も秩序も守ることは出来ない」
僕がスランさんのPKKに協力し始めてから何度も聞かされた言葉だった。

『事実』だと思う。
――けれど、『正しい』のかどうかは、僕には解らない。
解らないまま…僕は、明快な信念を道標に歩むスランさんを憧憬の瞳で追ってしまう。

そう。
僕は、一切の迷いも躊躇も無く人を殺せる彼に……憧れていた。


(続く?)